日本人の忘れもの 京都、こころここに

おきざりにしてしまったものがある。いま、日本が、世界が気づきはじめた。『こころ ここに』京都が育んだ文化という「ものさし」が時代に左右されない豊かさを示す。

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京都発「日本人の忘れもの」キャンペーンプロジェクト

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リレーメッセージアーカイブ

2012年 3月掲載

桑原専慶流副家元 桑原 櫻子さん

■花と料理

 花と料理を教えて20年。江戸時代から続くいけばなの家に生まれ、花をいけて伝えていくだけでも大変なのになぜ料理まで教えるのかと人からもよく聞かれるし自分でもそう思う。どちらも準備や後片付けが大変で、意外と重労働だ。

 幼い頃から祖父母や両親が忙しくお稽古場を回る姿を見て、延々と続くこの仕事を乗り切るには、栄養のある食事を摂らなければと強く思うようになった。家族のご飯を作る時、皆の喜ぶ顔を想像する。そして皆がご飯を楽しみに帰ってくるのが作る励みになる。いけばなも誰かを思っていけると、優しい花になる。

 花と料理は共通点が多い。どちらも生き物を扱うので自分の身体が健康でなければ向き合えない。特に京都に住んでいると四季の恵みを受けているという実感を季節の花や野菜、魚からも感じ取れる。料理を習いに来て下さる皆さんには、先(ま)ずは花をいけてようこその気持ちを感じてもらいたいと思っている。そして心を込めて作った料理は美味(おい)しいだけでなく旬のものを戴(いただ)ける有り難さを感じたい。

 自然の生み出したものと人の創り出したものとの調和は素晴らしいと思う。ごく普通に普段の生活の中で花と料理を通して豊かな心を伝えていきたいと願っている。

料亭「菊乃井」女将 村田 京子さん

■いただきます。ごちそうさま

 近頃、お家事情などで家族そろって食卓を囲むということが少なくなり、「いただきます」「ごちそうさま」を言わない人が増えていると聞き、心寂しく思っております。

 幼い頃「水には水の神さんがいやはる」「土には土の神さんがいやはる」と親に言われて育ち、私はそこらじゅうに神さんがいやはるのやと、子供心にすごい大切にしなあかんのやと思っておりました。

 私達お人は、動物の一種(高等動物)であり、私達の食材は神さんから与えられた自然の恵みのものです。食材たちにも命が宿っています。野菜や魚たちは、人のために命を落とし、私達はそれらを口に入れ、命を続けていられるのです。

 命を頂いているという事で「いただきます」やと思います。そして、その食材は、例えば、お百姓さんらが早朝から土を耕し肥料、水を与え大切に育て上げられた野菜であり、それらの食材は運ばれ市場に出荷され店に並びます。

 そうやって私共の手元に届くまでに、あちこちと走り回って下さる人々があるという事で「ご馳走(ちそう)さま」やと思います。全てに有り難うという意味で、この二つの言葉は、大切やと思います。

長楽館館主 土手 素子さん

■「ほんまもん」の文化

 「京都人は怖い」といわれます。例えば、役者さんたちは口を揃(そろ)えて、「京都のお客様は怖い」といわれます。それはきっと京都人の「ほんまもん」を見分ける目を意識してのことではないでしょうか。

 京に都が出来て1200年余り。以来貴族が職人を育て、職人が民衆の見る目を育む。反対に、目の肥えた民衆が職人を育て、職人が貴族にその腕を発揮する。この切磋琢磨(せっさたくま)の構図は、衣・食・住をはじめ、芸術・技術ほかあらゆる分野に及び、その繰り返しが京都人の審美眼を育て、いつの間にか京都の街そのものに本物志向の文化が根付いたのではと思います。旅行者に京都が喜ばれるのは、そこに「ほんまもん」から滲(にじ)み出る何かを感じるからでしょうか。

 何かのキャッチコピーに「日本に京都があって良かった」というのがありました。日本人の多くが忘れかけている「ほんまもん」が京都にはまだ多く残っているからでしょう。

 この言葉をずっと言い続けて頂けますよう、私達も切磋琢磨し、先人が残してくれた「ほんまもん」の文化をただ残すだけでなく、より大きく育ててゆかなければと思います。

西陣暮らしの美術館「冨田屋」代表 田中 峰子さん

■町家の不思議

 京の町家には、八百万(やおよろず)の神々がお住まいです。希望に起きて、愉快に働き、感謝に眠る。そんな暮らしに五感で季節を感じる。

 雨の音に目覚め庭に目をやると木々の美しさにハッとする。太陽のまぶしさを木々で遮り、お居間には、木漏れ日が美しい。優しい木の温かみが、心豊かにしてくれる。

 なんでもないことに時が止まるような感動を町家の暮らしは思い出させる。大切にしてきたものは、家族への祈り。世の平和。伝統を守っていくことの大変さを、楽しさに変えて、人々に癒(いや)しを感じていただく空間を守り続ける。昔の暮らしの中に思いやりをみつけた。

 旧暦4月3日まで、女の子の節句を祝う、代々の「お雛様」が100体、冨田屋を飾る。この家に生まれた女子の成長を毎年、家族親戚で祈り、元気で過ごせることへの感謝。節句に秘められた、日本人の心は、子どもの教育には欠かせないように思う。

 七五三で氏神様に大きくなったことを報告して、十三参りで厄払いをして知恵を授かる。成人式までの子どもを見守る家族の愛がしきたりとなって、長く続いた日本。皆で子を大切に育てた。そんな時代が懐かしい。