共に変える、共に創る、未来へ
Let’s change our behavior. And create our future.
- 2023元日 文化人メッセージ -
「大奥」から、
男女共生の在り方を考える
福田千鶴
歴史学者
大奥とは、江戸幕府将軍の後宮のことである。京都とは関係ないと思いきや、将軍の妻は摂関家の出身が多く、一緒に江戸に下った女中たちも京都出身者だった。また、大奥で将軍や御台所(将軍正妻)のお世話をする上﨟は公家の娘と決まっており、大奥と京都とは切っても切れない深い関係にあった。
大奥と聞けば、男人禁制の女性だけの空間というのが一般常識だろう。拙著「女と男の大奥」(吉川弘文館)では、儀礼、普請や掃除、重い荷物の運搬、非常時などに、男性が大奥に入っていたことを明らかにしたが、それでも男人禁制は原則だった。特に成立期の大奥は、女たちのアジール(避難所)だった。男人禁制の大奥は、女たちが男たちの暴力から逃れるために、女たち自らが男を排除する空間として創出した面があった。
さて、因習から解放されているようにみえる現代日本であっても、女人禁制のタブーは多い。2018年に舞鶴市の大相撲地方巡業で起きた「女性は土俵から降りてください」騒動では、土俵上で倒れた市長を助けようとした女性看護師に対して、清浄な土俵に不浄な女が上がることを制止した。人命より、女性の不浄観が優先された事実は衝撃的だった。私が暮らす福岡県宗像市でも、世界文化遺産沖ノ島では、いまだに女人禁制の禁忌だけがかたくなに守られている。
翻って、男人禁制の場所といえば、女性トイレぐらいか。あとは、近年増えた女性専用車両。これを男性への逆差別と見る向きもあるが、男に痴漢をする女が増えれば男性専用車両を設ければいい。女同士でいることに安心する女性も少なからずいるから、もう少し男人禁制の場所を増やしていい。これは、男性の場合にもいえることだ。こうした目線で見ると、大奥は女性が閉じ込められていたようでいて、男人禁制だからこそ大奥で平穏に暮らせた女性もいたのだ、という新たな視点を獲得することができる。
よしながふみ氏の大作漫画「大奥」では、男女逆転した世界で女性将軍が政治の難局を乗り越える力量を発揮するが、女であるが故に産む性からも逃れられない二重苦を鋭く描いた。ユニセックス、ジェンダーフリーの一方で、どうしても越えられない性差は確実に存在する。だからこそ、男女差の垣根をなくすだけでなく、男だけ、女だけの空間や同性同士の関係を認めることにも価値を見出したい。それは決して男女の分断を意味しないし、時代の逆行ではない。それぞれの個性や価値観を尊重した上での、新しい男女の共生の在り方として捉えたい。
◉ふくだ・ちづる
1961年福岡県生まれ。九州大基幹教育院教授。同大大学院博士課程中退。博士(文学)。国立史料館助手、東京都立大准教授、九州産業大教授などを経て、2014年より現職。単著に「御家騒動」「淀殿」「豊臣秀頼」「城割の作法」「女たちが創った大奥」、共著に「鷹狩の日本史」「近世日記の世界」など。19年に「近世武家社会の奥向構造」で徳川賞受賞。