賛同企業代表者 文化人 対談シリーズ
経済面コラム

共に変える、共に創る、未来へ

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- 2023元日 文化人メッセージ -

西久松吉雄

日本の風土を感受しながら
その土地の記憶を描き留めたい

西久松吉雄
日本画家

亀岡盆地の朝霧は「丹波霧」と呼ばれ、晩秋から初春にかけて濃い霧の世界が広がる。霧は地表近くで水蒸気が凝結して無数の非常に小さな水滴となり浮遊している。それがクモの巣に付着して巧みな幾何学模様の放射状の線に現れ、光り輝く美しいかたちを見ることがある。山の谷間から霧が湧いて雲になり、晴れ間が差すと瞬く間に視界が開ける様は幻想的である。また、雲海が見られる雄大な風景にも感動する。
京都の伝統野菜は亀岡地域でも作られ、この季節の気温の寒暖差がおいしいすぐき菜を育てる。京名産「すぐき漬け」はすぐき菜を塩漬けして発酵させた漬物で酸味があり、年末年始の時期になると炊きたてのご飯と一緒に食べるのが楽しみである。
2022年10月に、「かめおか霧の芸術祭」の「城跡芸術展」に初出品させていただいた。丹波亀山城跡一帯にて27人の作家の作品と共に「京丹波」シリーズを展示した。大地と霧の恵み、芸術と人のつながりなどを構想に地域を基盤にした芸術祭である。
長谷川等伯の水墨画「松林図屛風」六曲一双は、荒い筆か山馬刷毛で力強い松を描き、靄に包まれた空間の余白の美や樹間の心地良さの余韻に浸れる。見えるものと見えないもの、そのものの奥を感じ取る視点と空間や余白を程よく捉え、日本の自然に則した情感豊かな表現であり、見るたびに心に響く絵である。
日本海と日本列島の地形による湿潤な気候の自然環境の中で育まれた日本人の美意識は、四季の移ろいにわびさびを感じてきた。そして細やかな感性から和歌、俳句、文学、書画、生け花などに、大地と水、空気によって生み出される雲や雨、風などの自然現象を巧みに言葉や文章、絵に表現してきた歴史がある。漢字や平仮名の文字の余白、絵画の余白、掛け軸を掛ける、屛風や生け花を置きその空間を愛でるなど、余情を味わう感性を大切に自然と一体になる究極の美を追い求めてきた。そこには脈々と受け継がれてきた人々の生活の中に息づく文化と風土に根ざした精神性、民俗性が積層されてきた歴史を垣間見ることができ、人々の豊かな情感のかたちがある。
山河、里、古墳、神社の杜、巨樹、巨石のある風景などを日本画材の和紙と筆、岩絵具や墨を用いて思いを込めて描いてきた中で、これからも日本の風土を感受しながら歴史や人々の暮らしの中から生まれ伝えられてきた風習、故事や伝説、信仰などが刻まれた地を訪れて、その土地の記憶を絵に描き留めていきたい。

◉にしひさまつ・よしお
1952年京都市生まれ。79年京都市立芸術大美術専攻科日本画専攻修了。2016年から一般社団法人創画会常務理事、22年成安造形大客員教授。京都を拠点に活躍した日本画家、故・石本正に師事した縁で同氏を顕彰する浜田市立石正美術館館長に20年に就任。23年4月「生誕100年回顧展 石本 正」が京都市京セラ美術館で開催される。

丹の風景(2011年)