賛同企業代表者 文化人 対談シリーズ
経済面コラム

共に変える、共に創る、未来へ

Let’s change our behavior. And create our future.

- 2023元日 文化人メッセージ -

仲尾友貴恵

制御できないものに自分を委ねる

仲尾友貴恵
アフリカ地域研究者

タンザニアで一番大きくごみごみした街で、人々の生活について体を通して学ぼうとしていた頃、最も理解し難かったのは人々の時間感覚だ。
まずあいさつが長い。「こんにちは」「元気?」「親は元気?」「キョウダイは?」「体調は?」「勉強は?」…。毎日会う相手とでさえ、毎回4、5往復の確認・応答が繰り返される。ニュースが求められているようでもない。
待ち時間も長い。人も交通機関も予定通り来ることはない。あらゆる窓口での手続きは遅々として、複雑な申請なら「予定」より数カ月遅れで完了することもざらである。「予定」は「目標」くらいの意味しかない。停電も頻発し、毎回、人も物事も全てを停滞させる。
こんな世界では「予定通り」、「順序良く」「計画的に」なんてあり得ない。それにもかかわらず、私は限られた滞在期間を「効率的に」やりくりしようと奮闘した。結果、非常に疲れ、その割にかえって何事もうまくいかなかったことも多かった。
帰国した翌年、妊娠した。つわりもあり、体調が不安定な数カ月間の後、赤ん坊という、理不尽にも予定や計画の類をすべて台無しにする存在との同居が始まった。体験して知ったが、育児と呼ばれる営みは、自分(というある程度は制御できると思っていたもの)を制御できない何かに委ねることを繰り返す。私の時間は子どもがいるとめちゃくちゃだ。それが分かっていても、その時間に飛び込んでいくしかない。
制御できないものに自分を委ねる時間は、他方で創造的でもある。例えば、昨年私はこの世で最も遠ざけたい存在の一つであったセミの死骸を、子と共に半時間も凝視してスケッチした。嫌々取り組んだが、事後は美術館から出た時のように景色が違って見えた。あれほど恐ろしかった「落下物」が、命が精一杯生ききった証に見える。ひと夏にこれほど多くの命が生まれ、尽きたという情趣を初めて味わった。
計画的に。よく準備して。よく管理して。私自身、幼い頃からそうしつけられ、今もつい口にしてしまう。高度にシステムが発達し、狂いなく動作するのが日常であるような空間で生きていると、まるで全ては制御可能かのように想像してしまう。しかし、自分の想像力と管理能力の範囲内で過ごす時間は、自分を超えた世界を見せてくれない。
タンザニアの街では、制御できない都合で暇になった人々は、互いに話しかける。そしてほんのささいな何かが、しかし確実に、人と人との間に、新しく生まれる。

◉なかお・ゆきえ
京都大文学研究科社会学研究室において社会学、人類学、地域研究などの方法論を学び、2020年に博士号(文学)取得。日本学術振興会特別研究員、国立民族学博物館外来研究員、京都文教大非常勤講師、神戸女学院大非常勤講師。主著は「不揃いな身体でアフリカを生きる」(世界思想社)。