賛同企業代表者 文化人 対談シリーズ
経済面コラム

共に変える、共に創る、未来へ

Let’s change our behavior. And create our future.

- 2023元日 文化人メッセージ -

田中恆清

いつの時代も世の平和を願う
日本人の祈りの心

田中恆清
石清水八幡宮 宮司

コロナ禍での日常生活もはや4年目となります。ウィズコロナの新生活様式も日本人に定着してきた世情と感じておりますが、それ故にこの3年間で、多くの日本の伝統や文化が存続の危機にひんしているのではないかと危惧をしております。
加えて昨年は、ロシアによるウクライナ侵略をはじめ、北朝鮮の度重なる日本海へのミサイル発射、世界的な物価高騰、そして長引く円安と、国内外に問題の山積するまさに内憂外患の1年でありました。
そのような社会状況の中、昨年は動乱の時代であった平安時代末期から鎌倉時代初期の人物たちが注目を集めました。激動の時代を生き抜いた武士たちの生きざまや考え方に今の世の人々が改めて共感し、そこから未来を生き抜くための知恵を見出そうとしているのではないかと思うのであります。
私の奉仕する石清水八幡宮も、平安、鎌倉時代の重 要文化財の古文書を多数所蔵することから、取り上げていただくことが多い年でもありました。
あの動乱の時代に、源頼朝は5度も石清水八幡宮を参拝し、世の平安を祈念したと記録に伝えられます。朝廷、武士からもあつく信仰されてきた石清水八幡宮は、いつの時代においても、人々が国の平安を常に祈念してきた神社であるからです。
鎌倉幕府の執権政治の基礎を築いた北条義時の子である北条泰時は、「御成敗式目(貞永式目)」を1232(貞永元)年に定めますが、その第1条には武士の心得として、「神社を修理し祭祀を専らにすべき事」と記されています。
つまり「武士たる者は、いつも信心深く神を拝み、神社を守り神事を大切にしなさい」と記されているのです。
この精神は、後の武将たちにも武士の心得として永く継承され、歴代の足利将軍家、そして徳川将軍家も、神々への祈りの心を大切にし、特に国家の社であった石清水八幡宮への修理や寄進を幾度も行ったのであります。
長いコロナ禍によって、日本の伝統や文化、精神が失われつつあるこの混沌の時代にこそ、動乱の時代を強く生き抜き、世の平和を希求してきた日本人の祈りの心を改めて思い起こし、未来に向けて行動に移すべき時ではないでしょうか。
歴史ある京都の地から、受け継いできた伝統ある精神を世界に発信していただき、本年が平和な1年となりますことを強く願っております。

◉たなか・つねきよ
1944年京都府生まれ。69年國學院大神道学専攻科修了。平安神宮権禰宜、石清水八幡宮権禰宜・禰宜・権宮司を経て、2001年石清水八幡宮宮司に就任。02年京都府神社庁長、04年神社本庁副総長を務め、10年神社本庁総長に就任。