賛同企業代表者 文化人 対談シリーズ
経済面コラム

共に変える、共に創る、未来へ

Let’s change our behavior. And create our future.

- 2023元日 文化人メッセージ -

田茂井廣道

改めて思い知る、能の求心力

田茂井廣道
能楽観世流シテ方

能は「どこか知らないところで誰かがこっそり伝承している」と思っている方が案外多いと感じることが、しばしばある。故に「決してそんなことないですよ~誰でも観られるし、誰でも習えるんですよ~」と発信し続ける日々を送っている。能の普及は、私のライフワークと言える。
その私の強い味方が「京都芸術センター(KAC)」である。中京、室町通蛸薬師下ルにある、京都が世界に誇る文化の「発信基地」だ。本当に、さまざまな「文化」を創造し、また継承して、発信し続けている。明倫小跡であるこの施設は、建物の魅力をそのまま生かし、アートの展覧会はもちろんのこと、国内外のアーティストを招聘しては、魅力的なイベントを企画、発表している。
そんな中、日本の古典にもちゃんと目を向けてくれている。例えば、かつて私は15年間ほど、素謡(能の台本を座ったまま謡う上演形態)をライブで聴いていただく催しの企画、ナビゲーターをさせていただいた。能の古典的なやり方は変えないが、テーマを決め、場所、時間帯、アプローチの仕方を少し工夫することで、それまで能に触れたこと、謡を聴いたことのなかったお客さまに届けることができた。KACという「場」の恩恵である。
もう一つ、KACの看板企画と言ってもいいのが、「T.T.T.(トラディショナル・シアター・トレーニング)」である。これは、国内外の受講生を募り、真夏の2~3週間、能の仕舞や謡をみっちり指導して、最終的には能楽堂で発表してもらうという企画だ。
京都の蒸し暑い夏の洗礼を受けながらも、海外からの受講生の皆さまは、それはもう熱心で、貪欲に能を学び、身に付けて自国に持ち帰られる。一番強く感じるのは、「能をリスペクトしてくださっていること」。700年近い歴史を持ち、世界無形遺産にいち早く登録された能を、海外の人々はよく知っていてくれる。ひょっとしたら日本人より詳しいかもしれない。
2003年から毎年「T.T.T.」の講師をしてきたが、コロナで2年間、残念ながら開催ができなかった。昨年ようやく再開、日本人が中心になるだろうと予想したが、ふたを開けてみたら、なんと全員が海外からの応募だった。改めて、能の求心力を思い知った。
まだ続くコロナ禍だが、やがては収束してゆくだろう(そう信じている)。海外との往来が戻ったとき、京都の果たすべき役目はとても大きいと思う。もちろん日本人にこそ、知恵、時間の詰まった能の面白さをどんどん知っていただきたい。なお一層、気張らねばと思っている。

◉たもい・ひろみち
1970年生まれ。能楽シテ方観世流準職分。京観世、林喜右衛門家での内弟子修行を経て、98年に独立。能「石橋」「乱」「道成寺」など、上演多数。2014年には新作能「田道間守(たじまもり)」を製作、上演。能楽協会京都支部常議員。同教育特別委員。「油断するとどこでもすぐワークショップをはじめる能楽師」を自称する。

能「楊貴妃」 撮影=金の星渡辺写真場