賛同企業代表者 文化人 対談シリーズ
経済面コラム

共に変える、共に創る、未来へ

Let’s change our behavior. And create our future.

- 2023元日 文化人メッセージ -

外園千恵

「見えること」を目指して

外園千恵
眼科医

眼科医として目の病気を診断し、治療するようになって三十数年。失明を回避するため、あるいは視機能の改善を目指して、日々の診療に携わってきた。さまざまな病気が「見え方」に関係するが、この20年ほどは眼の難病による失明の克服を目指している。その難病とは「スチーブンス・ジョンソン症候群」と呼ばれるもので、突然、高熱が出て、全身の皮膚と粘膜に発疹やびらんを生じ、呼吸不全や多臓器障害で亡くなることもある重篤な病気である。目に後遺症を来すと生涯にわたり眼科に通院することになるが、いったん悪くなった眼を元に戻すことはできない。1年に300人程度が発症というまれな病気だが、世界中の専門家がこの病気による失明をなんとかしたいと研究し、治療法を模索してきた。
私たちが取り組んだことの一つに角膜再生医療がある。患者さんご自身の口腔粘膜から細胞を取り出し、粘膜上皮シートを作製して眼の表面に移植するという治療に成功したのが2002年であるが、昨年、ようやく国の承認を得て、保険収載すなわち実医療となった。承認までの20年間にはベンチャー企業の倒産、研究費を獲得できない、再生医療の規制が変わるなど、さまざまなことがあったが、実用化を支援する機関との連携、周囲の理解にも恵まれた。何よりも素晴らしかったのは患者さんたちである。「先生、頑張って」と励ましてくださり、この治療法の承認まで何年も待ってくださったのだ。今年は承認された上皮シートによる移植を開始し、国内の他病院での移植が安全に行えるよう、これまでとは違う視点での取り組みを開始する予定である。国からは承認後10年間の全例調査が義務付けられており、大きな責任を感じつつも頑張っていきたいと思う。
難病に限らず、日々の診療で「見える」ための仕事をしているのだが、数多くの患者さんと接する中で、「見える」こととヒトの幸福は、必ずしも一致しないことに気づかされる。ものが見えることはもちろん重要なことではあるが、年を重ねるごとに、「見える」心を持つことが何よりも大切なのではないかと思えるようになった。私のスマホのカバーは「星の王子様」なのだが、本の中で王子様は「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えない。かんじんなことは、目に見えないんだよ」とつぶやく。ものが「見える」ことを守るために尽力していきたいと思う一方で、大切なことを見失わないように心の視力を磨いていきたい。

◉そとぞの・ちえ
1962年大阪府生まれ、奈良で育つ。86年京都府立医科大卒、95年同大学院修了。角膜疾患、眼感染症、小児眼科を専門とする。2015年より京都府立医科大眼科教授。日本眼科学会常任理事。