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- 2023元日 文化人メッセージ -
世界に類のないグラフィックデザイン
浮世絵の最高峰
クリストフ・マルケ
日本美術史研究者
時節ごとに売り出されるものを際物と呼ぶ。江戸時代に盛んに作られた、正月の凧絵・絵暦・絵すごろく・羽子板、端午の節句の幟旗、夏のうちわ絵、お盆の地口あんどんなどはそれに当たる。日本人は折々の行事に合わせて、世界に類のない素晴らしいグラフィックデザインを生み出した。庶民が生活の中で楽しめるものである。ただ、いずれも消耗品で、いつの間にか消えてしまう運命だ。
特に上質なものは、新春に配る歳旦摺物という特殊な浮世絵である。19世紀初めの化政期に大江戸文化が隆盛していた頃、狂歌師の間でブームになり、限定品の豪華な木版画として人気を博した。現在の年賀状やカレンダーの原点ともいえ、その高級版である。海外にコレクションが多く、浮世絵の最高峰であるため、コレクター垂涎ものだ。
摺物は、フランス国立図書館にも多数所蔵され、いち早く西洋に渡ったのは、ちょうど200年前の1823年に来日した出島オランダ商館長ヨハン・ウィルへルム・デ=ステュルレルが滞日中に得たものだ。55年にパリで没した直後に寄贈された92点は、長い間死蔵されていた。将軍謁見のため江戸に参府した際に交流した「蘭癖大名」奥平昌高からの贈り物だと26年の商館長日記によって推測できる。その折に天文方の高橋景保から贈られた世界地図「坤輿図説」「新訂万国全図」もパリの国立図書館に保管されている。デ=ステュルレルに同行したシーボルトに、国禁の日本地図を渡したせいで、高橋が獄死した悲惨な事件は有名だ。
摺物を摺りたてで入手し、フランスに持ち帰ったので、日本では見られない良い状態であり、数年前に調査した時には驚いた。絵は北斎、北渓、岳亭、英泉、豊国、国貞など、江戸後期の著名な浮世絵師による、洒脱で繊細なデザインだが、裏方の彫師・摺師こそたたえるべき名人である。空摺や金銀摺を駆使し、技巧の贅を尽くして、浮世絵の中でも春画と共に一番豪華である。
この摺物には、干支にちなんだ動物をはじめ、新春の縁起物の画題が多いが、役者絵、武者絵、また他の浮世絵には珍しい静物画などさまざまである。その特徴は、気の利いた狂歌が添えられていることである。絵を歌と共に味わう複合的な芸術であり、江戸時代の豊かな町民文化を表している。
パリの摺物は、長い間忘れられていた秀作だが、今、フランスの電子図書館Gallicaで公開され、海を越えて日本にいても鑑賞できる。フランスの象徴である雄鶏が主人公で、国民が幸福になるような政治を寓意とする「諫鼓」をお届けして、平和な世の中を願いたい。
◉クリストフ・マルケ
1965年フランス生まれ。フランス国立極東学院教授・京都支部長、京都大人文科学研究所特任教授。専攻は江戸・明治の美術史。著書に「大津絵民衆的諷刺の世界」(角川ソフィア文庫)、「Hiroshige.Leséventailsd’Edo(広重の団扇絵)」など。江戸期の絵入本を多数仏訳。2022年、古典の日文化基金賞受賞。びわ湖大津PR大使。