賛同企業代表者 文化人 対談シリーズ
経済面コラム

共に変える、共に創る、未来へ

Let’s change our behavior. And create our future.

- 2023元日 文化人メッセージ -

清川祥恵

過去を見ることで
未来を見晴るかす大切さ

清川祥恵
英文学者

京都の街を歩いていると、古い寺社建築の修復作業によく行き合う。建物自体はたいてい覆われていて、中の様子を直接見ることはできないのだが、そこで作業を行なう人々の声を、通りがかりに聞くことがある。日常の会話の中に、数百年来の建築を整え、これからも支えていく「職人」のつちやのみの一振りがある。
日本ではデザイナーとして有名な19世紀英国の詩人、ウィリアム・モリスは、古い建物の「修復」に反対する活動家でもあった。これはもちろん、古い建物はそのまま朽ちさせろ、ということではない。彼は古建築物保護協会、通称「アンチ・スクレイプ」(反・剥ぎ取り)を創設し、「修復」という名の下に元の建築の魅力を剥ぎ取り、「当世風」に変えてしまうことを批判したのだった。モリスが生きたヴィクトリア時代、産業革命を経て都市は急速に拡大し、ロンドンはそれまでの古き良き姿を大きく変えることなしには存在できなかった。変わりゆく街を歩きながら、モリスは人々の仕事と芸術が直結していた時代を思い、それが「いま」の装いに塗り込められてしまうことに激怒していたのである。
モリスがことさらに愛していたのは、中世の「記憶」であった。若い頃に北フランスの大聖堂建築を巡る旅をした経験は、彼の文学にも深く染みわたっている。実際に訪ねてみると、あらためて、大聖堂に刻まれた歴史に驚く。石の色、風化した飾り彫り、あるいは宗教改革期に破壊された彫像の頭部。同時に、それを維持してきた人々の系譜もまた、建物を彩っている。作り直されてきたステンドグラス。定期的に磨き洗われるファサード。多くは観光名所である以前に、実際の祈りの場としても使われている。ベンチには信徒により寄贈されたモダンなクッションが添えられ、建築は建て終わった時点で「完成」するのではないということを教えてくれる。あまたの人々の思いを感じながら日々を生きることは、「人間」の営みとしてこの上ないものだ。
京都の古建築も、聖堂と同様、それを建てた人々―当時いかなる名前で呼ばれようとも、まぎれもなくその手で芸術を築いた「職人」である―の記憶を受け継ぎながら、私たちの生活の中に息づいている。時々建材から発見される職人たちの落書き以上に、建物自体が過去の人々の生を語っているのだ。これを「遺産」として鑑賞するのではなく、共に生きて新たな芸術を生み出すことを、モリスも夢見ていた。洋の東西を問わず、過去を見ることで未来を見晴るかす大切さを、本年も考えていきたい。

◉きよかわ・さちえ
佛教大文学部講師。神戸大国際文化学研究推進インスティテュート連携フェロー。大阪工業大特任講師を経て現職。専門はウィリアム・モリスを中心とした19世紀英文学、ユートピアニズム。共編著に「『神話』を近現代に問う」(勉誠出版)、「人はなぜ神話〈ミュトス〉を語るのか―拡大する世界と〈地〉の物語」(文学通信)がある。