共に変える、共に創る、未来へ
Let’s change our behavior. And create our future.
- 2023元日 文化人メッセージ -
中間の喪失と巡礼の勧め
河合俊雄
心理学者
コロナ禍のためにさまざまなことがオンラインで行われるようになった。心理療法においても、オンラインでの面接や事例検討会が一気に広まった。人間の適応力はすごいもので、オンラインに懐疑的だった人もいつの間にか慣れてしまう。そしてコロナが収まってきても、そのままオンラインで継続するものもある。「必要は発明の母」というが、困難な状況のために新しい技術が用いられ、人々の生活が便利になるのは好ましいことである。海外にいる日本人が、これまでは日本語のできるセラピストを見つけるのに苦労していたのに、簡単にオンラインで始めることができる。逆に日本にいる日本語に不自由を感じる外国人も同じである。
便利ではあっても、オンラインは本当にわれわれの心を豊かにしてくれるのであろうか。確かに電車に乗り、時間をかけてセラピーに通うことは大変で、お金もかかるが、その道中に面接で話すことを考え、帰りの時間でも振り返って消化することができる。また道中で思わぬ体験や発見があるかもしれない。日常からいきなりセラピーの時空間に移って済ませてしまうのと大違いである。
オンラインの会議は効率的に開いて決めることができるかもしれないが、会議に実際に集まるとさまざまな思わぬ話が聞けたり、交流を深めたりすることができる。オンサイトの会議やシンポジウムが再開されはじめて、そのような利点は実感できる。芸術作品についても同じことが言えて、ネットで検索したり、バーチャルな美術館で作品を見たりするのと、多少労を払って作品が置かれている記念館や美術館を訪れるのでは大きな違いがある。
オンラインの便利さは、遠くに行くための交通手段が発達したことを受けている動きだと考えられる。民俗学者の高取正男も述べていたが、交通手段の高速化は道中を奪っていく。エンデ作の「モモ」の灰色の男たちが言うように時間は節約できるが、目的に至るための中間が失われる。オンラインはそれをついにゼロにする。しかし一見無駄に見える中間こそ、われわれの生活や心を豊かにするかもしれないのである。その意味で日本人にとって「巡礼」は常に大切であって、われわれの心の古層に生き続けていることを忘れてはならないだろう。巡礼は目的地よりも道中を大切にし、体を動かすことと場所のリアルさをもたらしてくれる。
今年も京都への巡礼、そして京都からの巡礼をお勧めする。
◉かわい・としお
1957年生まれ。京都大大学院教育学研究科修士課程修了。Ph.D.(チューリッヒ大)、ユング派分析家。現在は京都大学人と社会の未来研究院教授。著書に「ユング」(岩波現代文庫)、「心理療法家がみた日本のこころ」(ミネルヴァ書房)、共著に「ジオサイコロジー」(創元社)などがある。