賛同企業代表者 文化人 対談シリーズ
経済面コラム

共に変える、共に創る、未来へ

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- 2023元日 文化人メッセージ -

加藤政洋

素晴らしきかな、京都食堂

加藤政洋
地理学者

1935年春、京都の食味・料理文化を主題とする月刊誌「洛味」が創刊された。阪神間ならびに京阪間の国道開通に伴って物流が活発化し、明石海峡で朝に水揚げされた鯛が、その日のうちに祇園町の料理屋に生け魚のまま運び込まれるなど、外食産業が華やぎを見せた時期のことである。
今から約90年前の食文化や料飲店を知る上で、「洛味」は格好の資料となる。この月刊誌のひそみに倣い、昨年から「現代〈洛味〉研究会」なるサークル活動を始めた。最初のテーマは京都の食堂。メンバー各々が食堂を食べ歩いては、考現学よろしく記録を取って、情報交換を続けている。
ご承知のように、京都の食堂は「麺類・丼物一式」を看板に掲げる店が多く、「~餅」を名乗る系統的店舗もあちらこちらに見られる。それらの食堂を毎日のように食べ歩く中で気づかされたのは、麺か飯かを問わず、1杯の丼の中にひそやかなる〈京都らしさ〉がそっと添えられていることだ。
カツ丼一つとっても、他地域には見られない工夫が施されているし(がっつく前にぜひ観察してみてください)、長崎の卓袱料理とは無縁に思える「しっぽくうどん」には、作り手の哲学さえ感じさせる美しさがある。
餅と取り合わせた具材の上置きされる麺類が多いことも、京都の食堂ならではであろう。「力餅」「夫婦餅」「鳥餅」「肉餅」などのうどんはもちろん、中華そばにさえ餅が入ることもある。
中国文学者の青木正児は、「抑も餅は芽出度い食品で、正月餅を始め各種の祭礼慶事の祝餅として邦人の生活に深く根ざして」と述べていたが(「陶然亭」)、京都では季節を問わず日常的に食べることができるわけだ。
東京の蕎麦屋のように酒を愉しむ空間ではないものの、多種の定食に加えて、いなり・巻き・ちらしの寿司類まで供するし、「おはぎ」などを常備する甘味処でもあるからして、用意周到、客を選ばないメニューの幅広さがある。
近傍ならば事業所にも家庭にも出前をしてくれるし、取り合わせた寿司やおはぎを食べる分だけ持ち帰ることもできる。店内では高齢の客にうどんを短く切って出したり、「きつねと肉をとじといて」という常連客のリクエストにも気安く応じてくれる。
京都のフードスケープ(食の風景)に溶け込んだ食堂は、欠くべからざる存在といってよいだろう。素晴らしきかな、京都食堂。
さて、正月を過ぎる頃には「年明けうどん」を供する食堂も現れる。私の食べ歩きは、今年もうどんをすすることから始まるはずだ。

◉かとう・まさひろ
1972年信州生まれ。富山大卒業。大阪市立大大学院文学研究科後期博士課程修了、博士(文学)。立命館大文学部教員。専門は文化・歴史地理学。著書に「大阪 都市の記憶を掘り起こす」(ちくま新書)、「酒場の京都学」(ミネルヴァ書房)、「おいしい京都学 料理屋文化の歴史地理」(共著、ミネルヴァ書房)など。