高齢化とそれに伴う医療の課題に対し、診察の現場で医師たちはどんな思いで患者と接しているのだろうか。京都発のメッセージを考える「日本人の忘れもの知恵会議」連続対談3回目は、ゲストに在宅医療を実践する医師、守上佳樹さんをお招きした。ホストは経済学から30年後の未来を考えている大阪大・堂目卓生教授で、コーディネーターは京都新聞総合研究所所長の内田孝が務めた。
特集・未来へ受け継ぐ
Future series
未来へ受け継ぐ Things to inherit to the future【第3回】
(2019年9月/京都市西京区) ◉ 実際の掲載紙面はこちら
■対談
訪問診療で患者らと信頼関係
守上佳樹氏(医療法人双樹会 よしき往診クリニック院長)
人間と社会に関する総合知を
堂目卓生氏(大阪大社会ソリューションイニシアティブ長)
堂目◉在宅医療に取り組まれたきっかけを教えてください。
守上◉日本は戦後の高度成長期を経て、無料で駆け付けてくれる救急車や先端医療機器など充実した医療体制を整えました。一方で昨今は、定期的に外来受診されていたお年寄りが、体調は思わしくないはずなのに次第に病院へ来られなくなる例が少なくありません。その後、「朝、体が冷たくなっていた」と家族から連絡を受ける。そうなると警察に通報するしかありません。老衰で静かに天国へ旅立ったのに、事件性の有無の確認のため、パトカーが来て大ごとになる。私はそこに心を痛めていました。
自宅で子や孫にみとられて最期を迎えたい、と訴える高齢者は確実に増えています。畳の上で息を引き取るのを子どもや孫がみて、人生と命を考える。一昔前は当たり前だったのに、現在はあまりないですね。病院で亡くなるのは悪いことではないし、病状が劇的に改善するならよいのです。が、亡くなる患者さんと家族にとって、最期の迎え方がこれでよいのかと感じ、訪問医療を始めました。
堂目◉医療者が1軒ずつ訪問診療するのは大変だと思います。何人ぐらいの体制で取り組んでいるのでしょうか。
守上◉24時間365日の医療体制を維持するために、現在、常勤・非常勤含め医師16人体制で診療しています。病院勤務時は、電子カルテをはじめパソコン上での処理が多く、患者さんと向き合って話す時間が短く、診断も定型的になりがちでした。
一方、訪問診療では、患者さんとの対話や家族への説明が尽くせるからか、家族からは掛け値なしに感謝されます。家に伺うと、処方した薬が飲まれず袋に入ったままだったり、病院には小ぎれいな身なりで来られる方なのに家にごみが散乱していたりします。飾られている写真で大切な人の存在や、トイレを見れば生活習慣も分かります。患者さんの思いや困っていることが素直な言葉となり、対話が進みます。医者としての本分を感じられる貴重な時間だと思います。
堂目◉政府が推進する「ソサエティー5・0」では、情報通信技術を使ったデータに基づいて健康管理することが目指されますが、現場でなされる人間味のある会話や交流も考慮しなければ、真に豊かな未来社会は構築できないと思います。大学の医学部でも、専門知識の習得だけでなく、患者さんと良好な人間関係をつくるコミュニケーション能力を高める教育も重視されつつあります。
守上◉情報通信技術の進展が生み出した先端機器は有用です。訪問診療でもカルテはクラウド上で管理していますし、難聴の方向けの対話支援機器等も活用しています。ただ、やはり大事なのは「ラポール」、つまり患者さんや家族との信頼関係をいかに築くかだと思っています。当院では診療に集中するドクターと、診療以外のケア全般を担当するメディカルコーディネーターがペアで活動し、患者さんに何ができるのかを徹底的に考えることで心の通い合いが生まれます。
患者さんと向き合うなかで「こんなものをつくってくれると助かる」という、現場では何が有用で、必要とされているのかとの観点を基に、ボトムアップで最先端技術が生み出されるようになればいいですね。
堂目◉社会課題に向き合う上で専門的な知識が必要なのは言うまでもありません。しかし、経済学であれ、政治学であれ、一つの専門分野の知見だけでは、複雑化した社会問題に対応できません。例えば、防災という課題に向き合うためには、科学技術だけでなく、人間と社会に関する知識を合わせた総合知が求められます。
守上◉同感です。これまでの医学教育は専門特化型で、高度化・細分化によって専門分野が深化した結果、各診療科の壁が高くなることを是(ぜ)としてきました。ところが昨今、それではうまく回らないと考えられるようになったのです。訪問診療の現場で実際に必要なのは、専門性を融合した総合医療です。思い起こせば、そもそも数十年前は、総合医療こそが医者の本業だったはずです。
堂目◉今後の地域社会について危惧されるのは、多様な人々が交流するつながりが希薄になり、孤独な高齢者がますます増える傾向にあることです。訪問診療についても、医療関係者だけで進めるのではなく、地域で活動する人々との連携を強めれば、コミュニティーの力が回復するのではないでしょうか。
守上◉訪問診療が注目されるようになり、昨今は特に都市部で活発になってきています。患者さんと向き合うことで、医師を目指そうとしたときの純粋な思いや医者の原点を再認識する真摯(しんし)な気持ちにさせてくれるとして、臨床経験を一定積んだ医師たちの中で地域医療に関わろうとする若い世代が増えつつあります。全国的にも京都においても地域医療は今、転換期を迎えています。地域医療をはじめ介護や在宅みとりなど現代社会が抱える問題に対し、地域でのつながりをこれまで以上にしっかりと構築することで、サスティナブル(持続可能)に解決していけるよう訪問診療体制の充実を図っていきたいと思っています。
◎守上佳樹(もりかみ・よしき)
1980年生まれ。広島大学校教育学部で教員免許を取得後、金沢医科大へ。卒業後、京都大医学部付属病院老年内科に入局。三菱京都病院総合内科で6年間勤務後、2017年に「よしき往診クリニック」を開設。
◎堂目卓生(どうめ・たくお)
1959年生まれ。立命館大経済学部助教授などを経て大阪大総長特命補佐、社会ソリューションイニシアティブ長。専門は経済学史、経済思想。「アダム・スミス」(中公新書)でサントリー学芸賞。京都市在住。