文化がつくる未来
- 2025元日 文化人メッセージ -
歴史を知り、その気配を感じながら
今を見つめる
吉川宏志
歌人
この数年、短歌に関心を持つ人は増え続けている。特にインターネットの「X」(旧ツイッター)で短歌を発表する人が多い。大きな書店の短歌コーナーには、若い作者の歌集が幾冊も並んでいる。書店の人に聞くと、かなり売れているらしい。
日常の中の印象的な出来事や、さまざまな感情、あるいは夢のようなものを、「五・七・五・七・七」という短い言葉で表現する。その言葉に人の心を引き付ける力があるときは、インターネットで拡散され、数万の人が目にすることになる。そんなことが今、普通に起きている。
長い文章よりも、短いフレーズに心を動かされやすい時代なのかもしれない。そこにはもちろん危うさもあるだろう。しかし、ちょっとした言葉に含まれる優しさや温もりを、私たちは強く求めているのではないか。
祝うのか祝われたのか
花束を抱えた人とすれ違う駅
岡本真帆「あかるい花束」
2024年、よく読まれた歌集の中の一首である。あの花束は、これから贈るものなのか、それとも誰かにプレゼントされたものなのか、と思いながら眺めている。とても小さな疑問なのだが、この歌を読んだ人も「なるほど、どちらかわからないよなあ」と共感するだろう。そのように、短歌は人の心をつないでいくのである。
一方、昨年は大河ドラマで「光る君へ」が放映され、「源氏物語」が注目された。その中でも、和歌(短歌)は大きな役割を果たしている。
寄りてこそそれかとも見め
黄昏(たそかれ)にほのぼの見つる花の夕顔
光源氏が、夕顔と呼ばれる女性と出会ったときの歌。近寄って顔をよく見てみたい、という思いが、優美な言葉で歌われている。表現はやや難しいが、声に出して読むと、恋する相手のことをもっと知りたいという感情が、みずみずしく伝わってくるのではないか。
千年以上前から存在していた和歌が、現代の短歌につながっているのは、とても貴重なことだ。京都に住んでいると、平安時代の歌そのままの風景に出合い、心を打たれることがある。たとえば山の紅葉などは、当時とほとんど変わっていないはずである。
長い長い歴史を知り、その気配を感じながら、今を見つめる。そのことにより、今という時間に、深い奥行きが生じてくる。
変化が激しく、あらゆるものがあっという間に消費され、忘れられる現在。その中で自分を見失わないためには、過去に生きた人々の声を、古典から聴き取ることが大切だと思うのである。
◉よしかわ・ひろし
1969年宮崎県生まれ。結社「塔短歌会」主宰。京都新聞歌壇選者。京都大文学部卒。歌集「鳥の見しもの」で若山牧水賞(2016年)、「石蓮花」で芸術選奨文部科学大臣賞(20年)などを受賞。24年、歌集「雪の偶然」(現代短歌社刊)が、歌壇では最高峰とされる第58回迢空賞(角川文化振興財団主催)を受賞。