思い描く、未来
- 2026元日 文化人メッセージ -

文化財はまさに生きた存在
和澄浩介
滋賀県立琵琶湖文化館主任学芸員
仏像などの文化財に関わる仕事をしていると、数百年、時には千年以上を経たものが、今なお生き続け、人々の心に大きな影響を与えていることを感じます。
琵琶湖文化館に寄託される東近江市日吉神社の鬼面(東近江市指定文化財、安土桃山時代)は、春の祭礼の際に一時的に神社に戻され、氏子の方に抱えられて山を下り、集落内を渡御します。この時、地域の方々は沿道に出て手を合わせ、渡御を見守ります。また、鬼面は地域の長老宅にも訪れ、紋付き袴姿の長老は玄関先まで鬼面を出迎え、地に膝をついて首を垂れます。この時、鬼面は単なる仮面ではなく、神そのものとなっているのです。
また、同じく東近江市の善勝寺の十一面観音像が修理された際、像内から銘文と納入品が発見されました。銘文には祥仙居士という男性の三回忌のために、寿山大姉という女性が願主となって造立されたことが記されています。納入品の中には、丁寧に紙に包まれた祥仙居士のものと考えられる火葬骨が含まれていました。寿山大姉は、三回忌を迎えた祥仙居士の妻である可能性が高いと考えられます。もちろん、この銘文が発見されるまでこの仏像が造られた経緯は忘れ去られていました。しかし、地域を守る仏として大切に受け継がれ、住民の方の尽力で修理が行なわれました。造られた当初の願いは長い年月を経て忘れられても、それは地域の安寧の祈りへと引き継がれて今日まで守られてきたのです。
信仰に支えられた日本の文化財の特徴は、その多くが「伝世品」であるということです。一度廃棄されたものが後に出土したようなものではなく、制作されてから現在まで人づてに守り伝えられてきたものです。長く過酷な歴史を切り抜けてきた文化財は、過去の記憶の全てを引き継いでいくことはできません。ですが、その時々の願いや思いが重ね合わされ、未来へ伝えられていきます。このような意味で、文化財はまさに生きた存在なのだと感じます。
しかし現在、文化財を取り巻く状況は厳しさを増しています。地域コミュニティーの担い手が減少し、これが文化財の守り手不足に直結しています。日吉神社の鬼面の返却はコロナを境に中断しており、祭礼自体の規模も縮小しています。悠久の歴史の中で培われた文化や伝統は一見長らく同じ形を保っているように思われがちですが、実際は核となる部分は堅持しつつも、時間の経過とともに柔軟に変化することで受け継がれてきました。神たる鬼面の存在を維持しつつ、時代に沿った形で祭礼が未来へ引き継がれていくことを願ってやみません。
◉わずみ・こうすけ
1981年埼玉県生まれ。奈良大大学院博士後期課程単位取得退学。鎌倉国宝館、滋賀県立近代美術館(現滋賀県立美術館)を経て2020年より現職。日本彫刻史を専門とし、仏像、神像などを地域史の中に位置付ける研究に主眼を置く。27年開館予定の新しい琵琶湖文化館の開設準備に携わる。


