賛同企業代表者 文化人 特集・未来へ受け継ぐ
経済面コラム

思い描く、未来

- 2026元日 文化人メッセージ -

横田岳人

生物多様性豊かな社会の鍵は
未来の世代への想像力

横田岳人
森林生態学者

吉野熊野国立公園にある大台ヶ原の自然再生に関わり始めて四半世紀が経過した。伊勢湾台風を契機に荒廃した自然生態系を回復させるプロジェクトだが、大正時代の伐採問題や戦後の大気汚染問題といった人為の問題に加え、増えすぎたニホンジカによる植生荒廃が、自然再生を難しくしている。昨秋はクマの問題が世間を騒がせ、野生動物との関わり方、自然との関わり方が問われるようになったように思うが、問われている問題は、私が自然再生に関わり始める前から変化はない。
自然の保全については、自然共生サイトの動きが広がっている。生物多様性の減少傾向を抑え反転させて、生物多様性豊かな社会を目指すネイチャーポジティブの働きの一つとして、自らが所有していたり管理している土地を生物多様性を保全する場所として、自然共生サイトに登録する動きである。歓迎される取り組みであるが、心配な点もある。生物多様性を評価する際に、評価の物差しが限られてしまうと、物差しから外れる自然が見落とされていく。見えるものだけに目を向けるのではなく、見落とされる自然に思いをはせる必要がある。
自然を相手にする仕事は、世代を超えたプロジェクトである。植林から主伐まで50年以上を必要とする林業の現場では、孫の世代を思いながら仕事をする。東京・明治神宮の森は、大正時代に植林によって造成された「森」である。植生が遷移する過程を見越して植林する樹木を選木し、50年以上先の完成を目指して造成されたその森は、100年以上経過した今、「森」と呼ぶにふさわしい生態系になっている。吉野林業発祥の地の一つ奈良県川上村には、「歴史の証人」と呼ばれる400年前の人工林があるが、「歴史の証人」を前にすると、自然との関わりを大きな時間の流れの中で捉える大切さを教えられる。ネイチャーポジティブは未来の世代への想像力の中にある。
奈良県川上村は、1996年に「川上宣言」を発出した。上流に位置する村が下流に暮らす人を思い、自らを育む自然への恵みに感謝し、次の世代に村を引き継ぐ、持続可能な社会に向けた地域の取り組みの発信であり、30年経過してもその宣言は古びていない。これまでに培われてきた英知を未来につなぐ私たちは、遠く離れた将来世代を思い、まだ知られていない数々の生き物に思いを寄せて、次に歩み出す責任があるのではないか? 「歴史の証人」がそびえ立つ森の中で、そう思わされている。

◉よこた・たけと
1967年生まれ。龍谷大先端理工学部准教授。専門は森林科学・環境保全学。博士(農学)。京都府立大、名古屋大大学院で林学を学び、国立環境研究所、奈良女子大を経て現職。奥山の自然環境の変化に関心を持つが、地域の自然環境を守る取り組みを行う方々をサポートする活動を行う。

「歴史の証人」と呼ばれる下多古(しもたこ)村有林(奈良県川上村)