日々の暮らしに「善」を追求し、自らの意志で生きる時代へ
- 2024元日 文化人メッセージ -
生物多様性の保全に
地域分散型の研究教育拠点を
湯本貴和
生態学者
「きょうと生物多様性センター」は、2023年4月に京都府と京都市の協働で設置され、企業、保全団体、府民市民らが一体となった生物多様性保全への取り組みをスタートさせた。7月に開催した「設立記念シンポジウム」では、京都府知事および京都市長列席の下で、多様な立場のパネリストから生物多様性に関する活動について講演いただき、500人を超える参加者があった。また10月に府立植物園で開催した「きょうと☆いきものフェス!2023」では、初年度ながら約50の保全団体と企業の出展があり、2日間で約5千人、ワークショップには約千人の参加で幅広い年齢層が交流する場として盛況に終えることができた。京都の底力を改めて感じたところである。
きょうと生物多様性センターの役割は、府下の生物多様性情報の収集・データベース化、多様な主体ネットワーク形成や活動支援、環境学習の担い手育成と情報発信などが期待されている。府内に近隣府県にある自然史系博物館がないことが、これまで大きな課題であった。もちろん府下にはさまざまな博物館や資料館があるし、大学や研究所など生物多様性の研究者数も他府県に引けを取らない。しかし、府内の生物相解明やモニタリングをミッションとする公的機関がなく、府や市の新たな施策の帰結として生物多様性喪失に歯止めがかかっているのかを定量的に判断する術に乏しかった。
行政では、生物多様性の解明は生物リストの作成だと思われている。しかし、研究者は、標本準拠、すなわち裏付けとなる生物標本が伴っていないとリストはほぼ無意味だと考えている。昨今の技術革新でかなり古い標本からも遺伝子情報が読み取れる。既知の生物種が研究の進展で2種あるいはそれ以上になった場合に、標本なしだとどの種にあたるのかを知る機会は永遠に失われる。そのため、自然史系博物館では生物標本の収蔵と維持管理が大きなウエイトを占める。
しかしながら、昨今の財政情勢では大きな博物館を新たにつくるのは難しい。となると、分散型博物館を各地域に配置するのはどうだろうか。現在は廃校になる小中学校が相次ぎ、校舎が空いている。またこれまで地域の生物多様性解明を担ってきたアマチュア研究者の引退で、多くの生物標本が行き場所を失っている。生物標本を収納・整理する最小限の設備と非常勤キュレーターを旧校舎に集めて、そこを生物多様性に関する研究教育の地域拠点にするのは低予算で実現可能ではないか。
◉ゆもと・たかかず
1959年徳島県生まれ。京都大大学院理学研究科博士後期課程修了。理学博士。2022年3月まで京都大霊長類研究所所長、日本生態学会会長。現在、京都市環境審議会生物多様性保全検討部会長、きょうと生物多様性センター長、京都芸術大客員教授、日本フードスタディーズカレッジ学長。著書に「屋久島:巨木の森と水の島の生態学」「熱帯雨林」など。