賛同企業代表者 文化人 特集・未来へ受け継ぐ
経済面コラム

思い描く、未来

- 2026元日 文化人メッセージ -

八重樫 文

「違和感のパルス」を感じ取り
美的感性を育む

八重樫 文
デザイン学研究者

京都を歩くと、ふと足が止まる瞬間がある。悠久の時の奥から差し込む光の具合や音の配置が、なぜか少しだけずれて感じられる。この目の奥に小さな波が走るような感覚を、私は「違和感のパルス」と呼ぶ。世界と自分との間に生じる、ごく薄いずれである。デザインとは何かに向き合う日々のなかで、この感触こそが思考の入り口になっていることに気づくようになった。
デザインは、物やサービスの外形を整える技術にとどまらない。むしろ、人と世界の関係が編み直されていく気配を、まだ言葉にならない段階から探っていく営みに近い。そこで働くのは、何が正しいかではなく、何がしっくりくるか、どこがおかしいかという感覚である。私はそれを美的感性と呼びたい。それは整ったものを好む嗜好ではなく、世界との関係が変に整いすぎていないかを繊細に感じ取るセンスであり、違和感のパルスを受信するための静かなセンサーでもある。
京都には、時間が幾重にも折り畳まれた独特の空気がある。あるものが姿を消し、別のものが意味を帯び直す。変化は大きな音を立てず、淡い影がゆっくり動くように進む。表層の派手な変化ではなく、ものごとの関係のあり方に重心を置く文化が静かに息づいているように感じる。その背後には、何を残し、何を変えるかを巡る美的感性の積層がある。
この京都に今年、私たちはデザイン・アート学部/研究科をひらく。その意義は、伝統を受け継ぐとか、革新を装うといった単純な話ではない。世界との接触面に現れる微細なずれ、違和感のパルスを丁寧に感じ取り、未来の社会をどう編み直していくかを探究する場を設けることにある。その中心に、人々の美的感性を育むという主題を置く。それはまだ名前すらない問題の気配を感じ取り、輪郭をすくい上げ、未来の構想へと変換していくための起点である。デザインとは、そこから世界への関わり方を問い直そうとする姿勢そのものだと考えている。
これからの学生たちが直面する世界に、明確な問いはあらかじめ用意されてはいない。そのとき頼りになるのは、確立された知識よりも、世界との摩擦のなかに潜む微かな震えを見逃さず、その震えに応答するための感性だと思う。そこから関係が編み直され、新しい未来のかたちが姿を現す。私自身がデザインという概念に手探りで向き合ってきたように、学生たちもまた、それぞれの美的感性を手がかりに、この京都の地から自分の道をひらいていくのだろう。

◉やえがし・かざる
1973年北海道江別市生まれ。立命館大経営学部教授(2026年4月よりデザイン・アート学部教授)。武蔵野美術大卒業、東京大大学院学際情報学府修士課程修了。国内外の企業や研究組織との共創に積極的に取り組み、デザイン理論と実践を往還した研究・教育・コンサルティング・ネットワーキングの創発的統合を推進している。