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- 2025元日 文化人メッセージ -

福岡伸一

生命の動的平衡

福岡伸一
生物学者/作家

2025年4月13日から開催される大阪・関西万博(EXPO2025)のプロデューサーを任されている。テーマ館(シグネチャーパビリオン)の一つを作ることが使命だ。万博のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」。「いのち」の在り方について今一度問い直し、「いのちを知る」展示を行うことが目標である。
思えば、1970年の大阪万博(EXPO70)のテーマ館は、岡本太郎の太陽の塔だった。10歳の少年だった私は、万博のど真ん中に、なぜこんな異形のモニュメントが屹立(きつりつ)しているのか不思議に思った。
今なら分かる。岡本太郎は、科学技術万能主義を標榜する万博の理念に対し、強烈なアンチテーゼを打ち出したのだ。人類は進歩も調和もしていないじゃないか、と。
なので、私も、岡本太郎には比肩すべくもないが、現代社会が陥っている閉塞(へいそく)に、何らかの対抗軸を示したいと考えた。新しいビジョンや生命哲学を発信することが21世紀の万博の意義になると思ったからだ。
パビリオンに、私は「いのち動的平衡」館と名付けた。細胞膜がふわりと大地に降り立ったような曲面的な建築の内部に、特別な光の粒子のシアターがある。館に入ると、入場者は自分の姿が細かい点群となって環境の中に溶け出していくのを体感する。その粒子は、離合集散を繰り返しながら、原始の地球上に誕生した最初の単細胞に行き着く。そして38億年の進化の旅路を目撃する。それは弱肉強食や優勝劣敗の歴史ではなく、むしろ共生や協力の下に成り立つ利他的な歴史である。
植物が葉を茂らせ、それを惜しげもなく昆虫や草食生物に手渡すのも利他性だし、食物連鎖網も、支配・被支配ではなく、相互補完的な利他性である。そして生命は、絶えず自らを積極的に破壊しながら、常に自らを再構築している。このことで宇宙の大原則である「エントロピー(乱雑さ)増大の法則」にあらがい、生命を前進させている。私はこれを「生命の動的平衡」と呼ぶ。パビリオンの名称をこうしたのも、これが生命の根幹的な営みだからである。すべての生命は動的平衡を繰り返し、他の生物に利他的なパスを繰り出している。このネットワークが生態系である。
この地球に最後に現れた、ある意味で最凶最悪の外来種がホモ・サピエンスたるわれわれ人間である。すべての地球資源をわが者に占有し、他の生物を搾取し、あらゆる場所に侵入し、最も利己的に振る舞っている。いばるな人間、生命系の一員としてもっと利他的に振る舞うべきだ、と言いたい。これが私のアンチテーゼである。

◉ふくおか・しんいち
1959年東京都生まれ。京都大卒。青山学院大教授、米国ロックフェラー大客員教授。大阪・関西万博(EXPO2025)テーマ事業「いのちを知る」プロデューサー。サントリー学芸賞を受賞し、89万部を超えるベストセラーとなった「生物と無生物のあいだ」や「動的平衡」シリーズなど、“生命とは何か”を動的平衡論から問い直した著作を数多く発表。

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