賛同企業代表者 文化人 特集・未来へ受け継ぐ
経済面コラム

思い描く、未来

- 2026元日 文化人メッセージ -

中谷真憲

出会った人々の言葉が
人生を決めてゆく

中谷真憲
政治学者

若い方、かつて若かったことを鮮明に覚えている方に向けて書いてみたい。
人はいつ大人になるのだろう。少年のころ、大学生はずいぶんと大人に見えていた。大学生になると、サラリーマンは世の仕組みをよく知っている社会人に見えた。40代になると、いずれ自分も豊かな知恵のあるシニアに仲間入りできるものだと思っていた…そうなれる気配もない。
現実には少年の頃は少年なりに馬鹿であり、学生の頃は学生なりに阿呆であり、30年働いてきてもやはり世の中は「訳の分からないこと」だらけである。
ただ「分からない」というのは悪いことでもない。人は分からないから勉強し、あるいはその「訳の分からないこと」に対して異議申し立てを行う。政治でも経済でも社会でも、未来が改善されていくとしたら、結局はそのプロセスを永遠に繰り返すことによってではないだろうか。
すべてにおいて正しい人、何もかも分かっている人など、実はどこにもいない。十七条憲法にも「共是凡夫耳」という語がある。人は互いに凡人であって、年長者も政治家も企業トップも学者も、実際のところは限定された知識と経験の中で考えているにすぎない。もし完璧な「正解」がすでにあるのならば、この国の長期低落傾向も生じてはいない。若者ではない、「大人」の責任である。
となれば、この世の中は若者にとって案外「自由」なのだ。重々しく構えて若者に説教を垂れている「だけ」の大人など、いまさら気にする必要はない。あなたの人生はあなたのものなのだ。
私の場合、「自分らしい」生き方というものはいまだに分からない。ただ出会った人々の何げない生きた言葉が心に深く沈潜し、思いがけなくも「自分なりの」人生を決めることにつながってきた。学生と社会人が学びあい、地域社会の担い手を生み出していくグローカルなNPOというあり方をはじめて意識したのも、ヒマラヤの村で児童教育に取り組んでいた無名の若者との偶然の会話からである。そしてそれがふと思い出されたのは10年以上ものちのことであった。
だから思うのだ。どんな言葉が戯れに、昨日を明日に織りなすのだろう。
言霊の幸わうはずのこの国のあちこちで、いま言葉がうつろになってはいないだろうか。荒んではいないだろうか。ためにする非難もマウントも要らない。現実を少しでも良い方向へと変えていく、しなやかで実際的な活動を続けたい。

◉なかたに・まさのり
1969年長崎県生まれ。京都産業大法学部教授、2026年4月よりアントレプレナーシップ学環長。特定非営利活動法人グローカル人材開発センター事務局長。共編著に「公共論の再構築」、「日本発の『世界』思想」、「覇権以後の世界秩序」など。歴史横断的な公共論から産学公民の協働による人材育成事業、地域政策づくりなど、幅広い研究と社会活動を続けている。