賛同企業代表者 文化人 対談シリーズ
経済面コラム

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- 2024元日 文化人メッセージ -

福島恒徳

美術作品の図像が
伝えるメッセージを知る

福島恒徳
美術史家

ギリシャ時代の人体彫刻について、なぜ手足がなかったり、首がなかったりするものが多いのか不思議に思った人は多いだろう。答えは簡単。それらは異教の神として、壊されて捨てられたものだからだ。芸術とはそういうものである。ナイーブな発展史観からは、芸術は発展し続けるものという誤解が生まれるが、美術の歴史を深く知る者にとっては、美術にも発展と凋落があることは常識である。だからこそ、優れたものを遺していくことに意義がある。美術史家だけでなく美術制作者にも伝統と革新を強く意識して活動した者は多い。
室町時代の画僧である雪舟は、作品そのものにも自筆の言葉にも伝統重視の絵画観を強く表明している。弟子に絵画の免状のような作品を幾度も贈っているが、それらは古典的・伝統的画法で古典的モチーフを描いたものだ。東京国立博物館にある国宝「破墨山水図」(写真)はその典型である。この春、京都国立博物館で開かれる展覧会でこの作品が展示される。しかし、それは雪舟を見せる展観ではなく、雪舟に連なる後世の絵画を中心とする展観である。まさに絵画の伝統を見せる美術史学的観点からの展観として期待している。
伝統的なものを知るという観点から、私が現代の美術教育において特に不足していると考えているのは、古い美術作品において図像(モチーフのかたち、色、配置など)がどんなメッセージを伝えているかを知ること。専門用語ではイコノロジー(図像解釈学)と言うが、これが軽視されているのが今の美術鑑賞の世界だろう。印象派の絵画のように、何を描くかより、どう描くかという面に注力した絵画に大きな価値を置くのは、近代に入ってからの絵画観である。前近代の名作で意味が込められていないものはない。
江戸時代までの日本絵画にもさまざまなモチーフが登場する。花や鳥、山や川、多種多様な人物像。それらには意味があって、多くの場合その意味を伝えるのにふさわしい画技が振るわれる。美しい花や鳥にも意味があるのだ。作品を深く知るために意味を知る必要があるのは自明の理だろう。掘り出されたギリシャ彫刻に名前を付けたルネサンスの美術史学者たちのように、私たちは日々、日本美術に名付けを行わねばならない。それほど伝統は失われているということだ。
今は失われつつある美の世界が、古い美術作品として私たちの眼前にあり、そこから新しい作品が生まれていく。美術館や博物館の古美術展はそのためのよい機会となる。

◉ふくしま・つねのり
1962年生まれ。花園大文学部教授。同歴史博物館長。九州大大学院修士課程修了。専門は日本美術史。「没後500年 特別展『雪舟』」(京都国立博物館ほか)、「雪舟への旅」展(山口県立美術館)、開山無相大師650年遠諱(おんき)記念「妙心寺」(京都国立博物館ほか)、花園大歴史博物館特別展などの展覧会スタッフを務める。

国宝「破墨山水図」(部分) 雪舟筆 1495年 東京国立博物館蔵