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- 2025元日 文化人メッセージ -

建畠 晢

草間彌生―ただひたすらな
反復から生まれるイメージの豊饒さ

建畠 晢
美術評論家/詩人

今日でこそ草 間彌生は功成り名遂げたアーティスト、国際的にも最も高く評価されているアーティストとして広く知られているが、彼女の前半生はさまざまな偏見や誤解のさなかに置かれ、スキャンダルの女王と揶揄(やゆ)された時期すらあった。天才は時代の先を行き、理解は遅れてやって来るといえば、まさにその通りなのだが、草間の場合は幼少時から精神的な病理を抱えていたこともあって、より困難な状況を強いられざるを得なかったのである。
体調を崩した草間は1970年代半ばに十数年に及ぶアメリカ生活を切り上げ東京へと活動の拠点を移したが、彼女を迎えたのはニューヨークでの全裸のストリーキングといった興味本位の話題で、その背景を成すベトナム反戦などの愛と平和のメッセージは等閑視されてしまっていた(今なお彼女はコロナ禍などの危機に際して、繰り返し救済に向けてのメッセージを公にし続けている)。80年代には草間の作品を正当に評価しようとする回顧展がニューヨークや北九州の美術館などで開催されはしたが、残念ながらアーティストを巡る状況を大きく変えるには至らなかったのである。草間は忘れ去られていたわけではないが、相変わらず偏見と誤解に包まれたままだった。
国内外での草間彌生の再評価が一気に進んだのは93年のベネチア・ビエンナーレの日本館で彼女の個展が開催されたことがきっかけだった。渡米後の60年前後にいわゆる「ネット・ペインティング」や「ソフト・スカルプチャー」のシリーズによってニューヨークのミニマルアートやポップアートの展開に先導的な役割を果たしたこと、全裸のハプニングが反戦や抑圧的なアートの制度へのプロテスト(抗議)であったことなどがあらためて脚光を浴びることになった。とりわけ彼女の常同反復のオブセッション(強迫観念)の産物である、無数の網目で巨大な画面全体が埋め尽くされたネット・ペインティングは、一見単調なモノクロームの空間でありながらも優美な振動と不可思議な奥行きの感覚をはらんであり、見る者を深く魅惑せずにはおくまい。
一方、草間の近作のシリーズである「わが永遠の魂」では、逆に鮮やかな原色が用いられ、自画像などの具象的なイメージが描かれており、禁欲的なネット・ペインティングとは対照的な「ネオ・ポップ」ともいうべき親密感のある画面が展開されている。
2025年春には草間の大規模な版画展が京都で開催される。ただひたすらな反復という単純な方法から生まれる草間のイメージの豊饒(ほうじょう)さは、版画の世界にも十全に見て取れるに違いない。

◉たてはた・あきら
1947年京都市生まれ。早稲田大文学部卒。国立国際美術館長、京都市立芸術大学長、多摩美術大学長などを歴任。現職は京都芸術センター館長、草間彌生美術館長など。93年のベネチア・ビエンナーレの日本館(草間彌生展)コミッショナー。京都市文化功労者。詩人としては高見順賞、萩原朔太郎賞などを受賞。

草間彌生「こんにちは」1989年 松本市美術館蔵 ©YAYOI KUSAMA