日々の暮らしに「善」を追求し、自らの意志で生きる時代へ
- 2024元日 文化人メッセージ -
常識を覆す事態
立ち向かう勇気とアイデアを
西浦 博
理論疫学者
「コロナパンデミック」では、従来の常識を覆す出来事を多数経験した。ヒトの移動や交流が著しく控えられ、ワクチン接種がスピード速く進んだ。変異株によって対応が変わり、パンデミック(世界的大流行)は長期化した。感染症対応病床は、流行であっけなくベッドが埋まり、医療逼迫時には入院治療が提供できなかった。
制御を提言する立場として苦しいことばかりだった。しかし、従来のパンデミックの想定を広げることで未来に対応可能にすべきことを特定する作業が重要だ。国に期待するばかりでは、感染症対策は十分に進まない。医療デジタル化やワクチン開発力強化は必要だが、それらだけが未来の鍵ではない。
全世界が一丸となって次のパンデミックの発生リスクを最小にしようとしていないことは極めて厳しい。2019年に限らず、02年も近縁のコロナウイルス(SARS)が中国南東部で出現した。同様のことは今後高い確率で起こりそうだが、現状では発生国の事情により患者が増えた後にニュースを通じて遅れて流行を覚知するしかない。近隣国などが協力してモニタリングする体制を敷かないと、覚知段階で感染者数が多すぎて手遅れになってしまう。世界でスピード速く制御の目的を共有しつつ対策を講じるべきだ。世界全体で「封じ込める」と判断したら、対策の実施条件と期間を絞り込んで特定地域の航空機を利用した移動を一気に止めることも考えないといけない。設定条件を満たさなくなれば、即座に対策方向性を変更できる体制も必要だ。
次に、医療逼迫の本質にも目を向けたい。日本の感染症対応病床は鳥インフルエンザのようなヒト│ヒト感染が少ない感染症を想定して計画された。しかし、容易に防波堤を決壊させる流行が来てしまう。全ての医師が感染症を診られるよう、医師の再教育を行ったり未来の医学教育を抜本的に変えたりしないといけない。このままでは専門内容が遠い医師たちは未来に再び「私には関係ない」と思ってしまう。
過去には行政で「堤防が決壊したらどうするか」を問うのはタブー視される傾向があった。実際、「大きな波が起こった時は知りません」と冗談で返答されるくらい、考えないようにする者も少なくなかった。それを省みることができない方は危機管理行政から外れるべきだ。政治行政はもとより、社会の全てのセクターで常識を覆す事態を想定し、それに立ち向かう勇気とアイデアが求められる。勇気だけでは太刀打ちがいかないので、可能な限り自分たちで想像力を働かせて未来を守り抜くのだ。
◉にしうら・ひろし
1977年大阪府生まれ。京都大大学院医学研究科教授。感染症の理論疫学者として厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策本部のクラスター対策班の企画・運営に関わり、アドバイザリーボードでは3年以上にわたってリスク評価に従事した。2020年より現職。