文化がつくる未来
- 2025元日 文化人メッセージ -
岩倉使節団150年
日本人にとって遠くなった明治
瀧井一博
歴史家
京都国際マンガミュージアムのご協力をいただいて、岩倉使節団の学習マンガを作っている。2025年の4月までになんとか完成させ、合わせて同ミュージアムで記念のシンポジウムも開く予定である。歴史マンガを作ることは、小学生の時にカゴ直利の「日本の歴史」の学習マンガや手塚治虫の「火の鳥」を耽読して、歴史の世界に誘われた者として、一つの夢だった。
なぜ岩倉使節団なのか。このプロジェクトを始めたのは、22年度。岩倉使節団150年のさなかだった(使節団は、1871年から73年にかけて欧米諸国へ派遣された)。かつて研究したことがあり、興味深いテーマなので、この周年に合わせて何か記念事業をしたいと思い、2023年にはそのための国際シンポジウムも開催した。マンガ制作も事業の一つとして思いつき、幸い人間文化研究機構の社会共創促進事業のご支援を得ることができて、実現した。井の中の蛙(かわず)だった明治のリーダーたちが、「お上りさん」よろしく西洋文明の本拠に乗り込んで味わった悲喜こもごもは、歴史的逸話として興趣が尽きず、マンガの題材としてうってつけではないかと思っていた。厳密に史料に即した上での物語にしたいとの願いを、制作サイドもよくくみ取ってくださり、完成が待ち遠しい。
その一方で、複雑な思いもある。世間一般では、岩倉使節団150年はどうも全く話題にされなかったようだ。学界でもそうである。これを機に、それを再検討しようという動きはなかった。これはどうしたことか。思い返せば、明治150年もそうだった。2018年は明治維新成立から150年であり、時の安倍晋三首相の音頭で政府主導の記念事業が多々企画されたが、総じて尻すぼみだった。経済的停滞にもがき苦しんでいる昨今の日本社会にとって、坂の上の雲をつかもうと懸命に疾駆した明治の成功譚(たん)など疎遠で鼻白むものでしかないのかもしれない。
ところが、目を海外に転じるとまた話は違ってくる。明治150年を考える動きは、世界各地で展開されていた。日本はなぜあのように近代化に成功したのか、なぜ憲法や議会を今日まで持ち続けているのか、なぜ植民地帝国や無謀な戦争の道を歩んだのか、などなどグローバルな視野から明治の日本に関心が寄せられている。日本人にとって明治は遠くなった。しかし、明治の経験を知りたいと欲している国や人々は、世界のさまざまな地域に見いだせるし、またこれからも現れてくるだろう。今回のマンガでは、そんな思いも盛り込んで、日本の内外に発信できたらと思っている。
◉たきい・かずひろ
1967年福岡県生まれ。京都大大学院博士後期課程単位取得退学。博士(法学)。兵庫県立大教授などを経て2013年から国際日本文化研究センター教授。専門は国制史、比較法史。主な著書に「伊藤博文」(10年サントリー学芸賞)、「明治国家をつくった人びと」「渡邉洪基」など。