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経済面コラム

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- 2026元日 文化人メッセージ -

塚本康浩

ダチョウが教えてくれる
静かな進化の姿

塚本康浩
獣医師/京都府立大 学長

獣医師として動物を診てきて、私は長く一つの問いを抱えてきた。なぜ多くの動物はあれほど「怠けて」いながら、生き抜く力を保ち続けてこられたのか。特に研究対象として向き合ってきたダチョウは、省エネそのものの生き方をしている。必要以上に動かず、昨日を悔やまず、明日を案じず、ただ今に身を置く。家族の事もすぐに忘れてしまう。25年間、一緒に暮らしてきたダチョウでもいまだに私の事を認識していない。すぐに記憶がリセットされるのだろう。
それでも彼らは数億年にわたり姿を大きく変えず、絶滅もせず、強靱な免疫力で生き残ってきた。地球上で数少ない旧鳥類であるダチョウは何も進化していない。最初から今までダチョウのままなのである。この事実は、私に「怠け者の進化論」と呼ぶべき視点をもたらした。
人間社会では努力が美徳とされ、絶えず成長することが求められる。しかし動物たちは、いかに余計なエネルギーを使わず環境に寄り添うかに知恵を注いでいる。変わることより、変わらないことを選び、それが結果として生存につながる。この静かな進化の姿は、私たち人間にも少なからず示唆を与えてくれる。
京都という土地もまた、千年を超える歴史を持ちながら、大きく変わらずに受け継いできた文化を多く抱えている。形を守り、急いで変えようとしない気質は、一見保守的に見えて、実は「不要な変化に身を委ねない」という深い知恵の表れではないか。怠けることを恐れず、力を抜きながら持続してきた京都の文化は、動物の省エネ戦略とどこか通じている。
いま、AI(人工知能)の急速な進化により、社会は大きな変革期を迎えている。だがその本質は、人間の負荷を減らし、本来のリズムを取り戻すためのテクノロジーだと私は考える。つまり、人間が「動物として生きる能力」を取り戻すための道具である。先を急ぎすぎた人類が、ようやく自然な姿へ先祖返りする準備が整いつつあるのかもしれない。
変化の激しい現代であっても、未来へ渡すべきものは「怠けることの大切さ」と「必要以上に頑張らないという知恵」ではないか。技術が進んでも人が本来の動物性を失わず、健やかに生きられる社会を保つことである。伝統のある京都は、すでにそれを実践してきた土地なのだろう。
怠け者の進化論ーーこれは私がダチョウから得た言葉であり、同時に未来へ向けたささやかな提案でもある。

◉つかもと・やすひろ
京都市生まれ、八幡市育ち。京都府立大学長。獣医師・獣医学博士。ダチョウの免疫と生態研究の国際的権威。感染症予防から新素材開発までダチョウ抗体の応用を推進。動物から学ぶ生命観を基盤に、京都の文化と未来社会のあり方を探求している。