思い描く、未来
- 2026元日 文化人メッセージ -

未来につなぐ天神信仰
橘 重十九
北野天満宮 宮司
あっという間に一年が過ぎ、新年を迎えました。御祭神菅原道真公が亡くなられて千百二十五年の式年大祭「半萬燈祭」まで2年を切り、気ぜわしさは募るばかりです。
ここ20年、半萬燈祭に向けての準備に追われてきました。境内の諸整備はもとより、何をすれば御祭神と天神信仰の素晴らしさを伝えられるかを考えてきました。行き着いたのが当宮の歴史をひもとき、途絶えてしまった神事や旧儀を再興することでした。その中に信仰の歴史が宿っているからで、代表的なものが応仁の乱で途絶えた北野祭の再興でした。
北野祭は987(永延元)年、一条天皇が北野社に勅使を遣わされ祭典を斎行したことが起源です。勅祭であり、室町期には京都を代表する祭りとして隆盛を極めましたが、応仁の乱で途絶えてしまいます。北野祭の重要祭儀であった北野御霊会は、2020(令和2)年、比叡山延暦寺と共に550年ぶりに再興しました。コロナ禍の最中であり、宮司が祝詞を、天台座主が祭文を奏上し、その終息を祈願したことは終生忘れることはない記憶として心に刻まれています。以来御本殿に祝詞と読経の声が響く神仏習合の北野御霊会は、毎秋9月4日に、かつての北野祭の神事を継承する例祭の神事の一つとして斎行しています。
さて、北野祭の祭礼行列についても、歴史と伝統にのっとった往時の姿に再興すべく準備を進めています。応仁の乱で焼失した神輿は、天皇の輿を奉じた禁裏駕輿丁と呼ばれる人たちが担いだ由緒あるもので、北野祭祭礼図絵巻などを基に復興に取り組んでいます。
2016(平成28)年、「曲水の宴」を再興しました。菅公は宇多天皇主宰の宴に招かれており、これは菅公の才能が高く評価されていた証しであり、宮廷行事ながら菅公顕彰のために当宮で再興する意義があると考えました。宇多天皇は、仁和寺を創建されましたが、初雪の折には菅公の御霊が降臨される当宮境内の影向松は、同寺から代々奉納されており、その御縁は今もなお続いています。
菅公御神忌千百二十五年半萬燈祭は来年ですが、記念する特別展「北野天神」は今年4月18日から京都国立博物館で始まります。国宝「北野天神縁起絵巻(承久本)」の全巻全場面の公開は初めてで、天神信仰を知っていただく絶好の機会になると確信しています。
宮司に就任して今年で20年になります。菅公が示された「和魂漢才」と「誠の心」の精神は混沌とした今の時代に最も必要であり、この精神を未来につなげるため、今後も天神信仰の本質を発信し続けなければならないと思っています。
◉たちばな・しげとく
1948年石川県生まれ。延喜式内社宮司社家25代に生まれる。会社員を経て74年より北野天満宮に奉職。禰宜、権宮司を経て、2006年から現職。その間、北野天満宮ボーイスカウトの創設に尽力。京都府神社スカウト協議会会長として青少年育成活動に努めた。全国天満宮梅風会会長。京都府神社庁理事。神仏霊場会会長。


