思い描く、未来
- 2026元日 文化人メッセージ -

命の深み、自然への畏敬の念を
次世代につなげたい
志村ふくみ
染織家
京都嵯峨の染織の工房には長い年月、途切れることなく、熱心な生徒が来てくれている。そんなささやかな共同体がこの先も続くことが、私の未来につながる現実的なイメージである。
この数年の間に、敬愛する方が次々と亡くなられたが、そんな方々のお一人が、「逝きし世の面影」などで知られる思想史家・評論家の渡辺京二先生だ。私にとっては穏やかでユーモラスな先生だったが、先生の講演録「なぜいま人類史か」を再読して、私の共同体のイメージがいかに甘いか思い知らされた。
先生は「われわれはどこにいくのか? 世界はいかに獲得されるのか?現代資本制システムによって断ち切られ、漂流する個の孤絶を真正面から見据えつつ共同社会をイメージする。資本主義がもたらす管理社会によって孤立するわれわれは、そのような現実と格闘するしかない。」と語られている。
後に「阿蘇山の裾野あたりに共同体社会を作ってみたい。でも理想の共同体なんかあり得ないから、失敗するに決まっているけれどね。」と言って寂しく笑った先生の表情は少年のようだった。尻切れトンボの共同体への憧れは、どのようなイメージだったのか、もはや聞く術は無くなってしまった。
初めて先生にお会いしたのは、水俣公害を取り上げた名著「苦海浄土」で一躍世界的になられた作家、石牟礼道子さんとの対談のために、熊本のご自宅を訪ねた日だった。渡辺先生は、石牟礼さんの執筆や社会活動を長年にわたって支えてこられていた。
石牟礼さんの生きとし生ける物への細やかな愛情は、植物の命に触れながら仕事をしている私と深く共感するものがあった。石牟礼さんと私は、東日本大震災と原発事故を機に、水俣の受難をも振り返り、切迫した思いに駆られて書簡の往復と対談を重ねた。近代化が進む中で希薄になりつつある命の深み、自然への畏敬の念。日本人が大切にしてきた、思いを次世代につなげたい、と語り合う中で、石牟礼さんの新作能「沖宮」が生まれ、私はその能装束を制作させていただいて、いっそう親しくなった。
その石牟礼さんも先に逝かれてしまったが、私は、渡辺先生の厳しく鋭利な指摘を胸に刻みながらも、なお、自然と生命の本質を考え続け、未来に希望を託したいと思うのである。
◉しむら・ふくみ
滋賀県生まれ。染織家、随筆家。31歳のとき母・小野豊の指導で植物染料と紬糸による織物を始める。重要無形文化財保持者(人間国宝)、文化功労者、第30回京都賞受賞、文化勲章受章。京都市名誉市民。著者に「一色一生」(大佛次郎賞)、「語りかける花」(日本エッセイスト・クラブ賞)など多数。作品集に「織と文」、「篝火」、「つむぎおり」など。

絹糸/紅花、藍、刈安

