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- 2026元日 文化人メッセージ -

柴田一成

花山天文台と京都千年の天文学史

柴田一成
宇宙物理学者

「花山(かざん)天文台、知ってますか?」 最近、私が多くの人に問いかける質問である。たいていの人は知らない、という。
かつて京大の講義で「花山天文台知っている人、手を挙げてください」というと200人中手を挙げるのは5人くらいだった。一般向けの講演会でも大差ない。しかし、アマチュア天文家の年輩の人は、ほぼ全員、「知ってます」と答える。なぜか?
花山天文台は1929年創立。以来60年代に至るまで、日本のアマチュア天文家たちの憧れの天文台だった。宇宙に興味がある人なら誰でも知っていたようだ。60年代に描かれた手塚治虫の漫画のマグマ大使にも花山天文台が出てくるほどである。その理由は、初代天文台長の山本一清博士が、100年ほど前、日本で最初のアマチュア天文同好会を立ち上げ、驚くほどの熱心さで天文学の普及活動に力を入れたからだ。花山天文台創立後は、同好会の拠点を花山に置き、日本中の天文好きの人々を招いた。多くの子供たちが花山天文台で星を見て感動し、天文少年となって巣立っていった。
前述の天文同好会(今の東亜天文学会)は設立以来、天界という会報を出版している。その創刊号に、冷泉家の第22代当主、冷泉為系氏が所感として短歌を寄せている。実は冷泉家が保管する藤原定家の日記の明月記には過去の天文現象が多数記載されている。山本博士はそれをよく知っており冷泉為系氏と交流していたのではないか。実際、その後1930年代になって、明月記の中の千年ほど前の星の異変の記録から、当時理論的に予想されていた超新星と呼ばれる星の爆発現象の存在が確かになった。明月記は世界の天文学の発展に大きく貢献したのである。
このことは意外と知られていない。2018年より、日本天文学会は日本天文遺産という顕彰制度をスタートした。天文学の歴史にとって重要な、古い文献、器械、建造物などをきちんと残し、国内外に発信しようというのが目的である。その日本天文遺産の第1号が明月記だった。そして25年、花山天文台が日本天文遺産の一つに認定された。花山天文台は環境の悪化と老朽化のため18年に運営費が国から出なくなって閉鎖のピンチに陥っている。現在は民間からの寄付で何とか運営されているという状態だ。明月記が第1号の日本天文遺産に花山天文台も認定されたのは、関係者に本当に大きな励みとなった。
花山天文台は29年に創立100周年を迎える。子どもたちに夢を与え、京都千年の天文の歴史を伝える場所として、花山天文台が末永く残り続ける未来を思い描きたい。

◉しばた・かずなり
1954年大阪府生まれ。京都大大学院理学研究科附属天文台教授や同台長などを経て、現在は京都大名誉教授、花山宇宙文化財団理事長。太陽、恒星、銀河における爆発現象やジェットの発生機構の統一的な解明を目指す太陽宇宙プラズマ物理学を開拓。宇宙天気予報研究の重要性を提言。花山天文台の存続・活用にも力を注いでいる。