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経済面コラム

文化がつくる未来

- 2025元日 文化人メッセージ -

木住鷹人

「タイパ」を離れて見えるもの

木住鷹人
作家

デジタル技術の発達で、世の中がどんどんスピードアップしている。買い物やチケットの予約もスマホで完結できるし、居酒屋で料理を注文するのもタブレット。手紙を書くこともめっきり少なくなって、ほとんどメールかLINE(ライン)で用件を伝えている。いきなり歌唱から始まる楽曲が多いのは、イントロを待ちきれない人が増えているからだという。「タイパ」といつ頃から言われ始めたのかよく知らないが、この言葉も「タイムパフォーマンス」と言うより「速く」言える。
社会の趨勢(すうせい)としては、効率性、スピード重視はやむを得ないことであろう。高度成長期のように働けば働くほど生活が向上する時代ではなくなった。いかに少ない人数で、時間をかけずにたくさんの仕事をこなし、成果を上げるかが問われている。現代は一人一人が生き残るために必死でタイパをやっている時代だといえるかもしれない。
しかし「時間をかけること」は、果たして常に「無駄」なのであろうか? 答えの出ない問題に悩んでいると、「考えても解決できないなら、考えるだけ無駄」と言われたりする。だがわれわれの周りには、早急な解決が望めず、時間をかけなくてはならない問題も数多くある。民族間の紛争など、粘り強く相互の理解を深める、世代を超えた継続的な努力が必要だ。親の世代はいがみ合っていたが、子の世代はさほど抵抗を感じない、ということも起こり得る。すぐに結論が出なくても諦めず、時間の経過を待つべきテーマもあるのだ。「タイパ」時代を生きるわれわれだからこそ、あえてそのことを意識し、忘れずにいなければならないと思う。
卑近な例だが、メールで失礼に思えるメッセージを受け取った時など、怒りにまかせてすぐに返信するとたいていの場合後悔する。誤解があったり、感情的になり過ぎていたり。すぐ返信したくなっても、ぐっとこらえて一晩寝てから文面を見直すと、こりゃマズいと感じたりする。「タイパ」を離れてみると、新しいことがいろいろと見えてくる。
京都にはゆっくりと流れる時間がある。美しい自然と歴史ある街並み、培われた文化に、悠久の時を感じることができる。四条大橋の上で行き交う人波から離れ、立ち止まって川面を見つめると、穏やかな流れに心が癒やされる。ふとわれに返るような気持ち。時には、慌ただしさにかまけて大切なことを見逃してきた自分に気付くこともある。
行き過ぎた「タイパ」への警鐘を発するのに、京都は誠にふさわしい街だと思う。

◉きすみ・ようと
1963年京都市生まれ。立命館大法学部卒。銀行マンとして約30年を国内外で過ごし、現在その関連会社に勤務する傍ら小説を執筆。2024年1月、生まれ育った京都を舞台に、野球に打ち込む高校生たちと彼らを取り巻く人々の心の葛藤を描いた作品「危険球」で第4回京都文学賞の一般部門最優秀賞を受賞した。兵庫県在住。