思い描く、未来
- 2026元日 文化人メッセージ -

狛猫をさがして、
まちの文化を未来へ
小山元孝
地域史学者
京丹後市峰山町の金刀比羅神社には、狛犬ならぬ狛猫が一対鎮座しています。それぞれ製作年代は異なりますが、いまから200年近く前に奉納されたものです。ここ峰山は「丹後ちりめん」の産地。原料となる蚕や繭玉、また製品となった反物がネズミに食べられないように猫が大切にされてきたのです。近世の地誌にも登場し、本殿への参道の脇に鎮座しているので、地元の方々は知っているはずのものでした。しかしながら、私自身地元の方からその名を聞くことはほとんどありませんでした。物理的にモノが存在していても、関心が向いていない状況が長く続いていたわけです。
そうしたなか、2011年の金刀比羅神社200年祭を期に結成された「ねこプロジェクト」が母体となり16年に第1回の「こまねこまつり」が開催されました。ちりめんにゆかりのある狛猫を生かして、まちを活気づけようと始まったのです。以後、台風・ゲリラ豪雨・コロナ禍、さまざまなトラブルに見舞われながらも昨年10回目を迎えることできました。合言葉は「この町のこせ! この猫さがせ!」。今生きている私たちが、未来に対して何を残そうとしているのか、また第2、第3の狛猫が存在するのではないか。そんな思いが込められているのです。
私は第2回から主催者の一人として参加しています。まち歩き企画を担当しており、昨年までに実地・オンラインをあわせて12回開催。もともと自治体で文化財を担当していたこともあり、普段見学できない文化財や場所を見学するなど、特別感を出しながら企画運営をしてきました。また22年より学生も関わっており、アテンド役を担ったり、ガイドブックの作成をしたり、その役回りは少しずつ大きくなってきています。
さて10回の開催を経て、まちはどう変わってきたのでしょうか。狛猫はテレビ番組に取り上げられました。さらには小説の舞台にもなりました。もう狛猫が独り歩きを始めだした、そう感じることもあります。このように外部への影響は随分と高まったと感じています。では内部はどうなのでしょうか。実感しているのは実行委員会のメンバーを中心に、住民の口から狛猫という言葉が出てくるようになったことです。しかも、皆さん自信を持って言っています。これは、狛猫を中心としたさまざまな文化を未来へ残したいという思いが根底にあるからだと感じています。私たち一人一人が次なる狛猫を見いだす力こそが、未来への約束となるのではないでしょうか。
◉こやま・もとたか
1973年京丹後市生まれ。福知山公立大地域経営学部教授。龍谷大大学院文学研究科修士課程修了。兵庫県立大大学院地域資源マネジメント研究科博士後期課程修了。博士(学術)。97年網野町教育委員会(2004年網野町と他5町の合併により京丹後市教育委員会)。在職中は主に文化財保護行政に関わる。22年より現職。


