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- 2026元日 文化人メッセージ -

こばやしあきこ

日本の抑制の美が表れる
時代劇の所作

こばやしあきこ
俳優

真っさらの足袋を履く。私の新年はそこから始まる。着物は足袋を最初に履くので、少し固くなじんでいない白足袋に足を入れ、コハゼを留める。瞬間、気が引き締まり、この一年の未知なる歩みに期待が膨らむ。
先祖は、旧嵯峨御所、現在の大覚寺に仕える寺侍だった。祖父母の住む母屋は奉行所であったことから、太秦の撮影所から通称「第3セット」と呼ばれるほど始終ロケが行われていた。門には南町奉行所の看板が掛けられたり、玄関を開けるとお侍さんがいたり。わが家のしつけも時代錯誤で、お膳の運び方や襖の開閉、ごあいさつの仕方など、所作の基本となることを普通に教えられた。
一昨年、ハリウッド制作の「SHOGUN」が、エミー賞をはじめ名だたる賞を総なめにし、日本の時代劇のクールさが世界的に注目された。私は俳優兼「所作指導」として参加した。ハリウッドには実はこれまで所作指導という概念はなかった。しかし本物の時代劇を作るために、初めて日本式の所作指導を導入することを決めたという。撮影地であるカナダ在住の日系やアジア系の方々も参加しての所作レッスンが始まった。自分の役を理解してもらうために、時代背景や人間関係、何を大切にして生きていたのかなど、細かく説明した。身分によって、お辞儀の角度もしぐさも全部違う。例えば手の開き方だけで衣装は奇麗でも育った環境の違いが分かると説明する。必ず右手を左手で抑えることも徹底した。どんなに同意していても、利き手を抑えていないと、心の中では反対している意味になる。「目は口ほどに」と言うが、こと時代劇においては「手は目以上にものをいう」。画面に映る全てのキャストがその時代の人物の心情を真に理解すると、自然に美しい所作につながる。水鳥のように上半身は動かさず、膝を折り着物の中の足だけが細かな歩幅で動くすり足。視線は合わせずとも常に主君に気を配り守りぬく覚悟。決して目立ってはいけない、日本の抑制の美がそこにある。
所作やしぐさ一つで、人物が見えてくる。それは洋装の現代でも変わらない。生き方はちょっとしたしぐさに出る。日本、特に京都で受け継がれてきた言葉にしない気遣いも、実は所作の一つだ。「SHOGUN」のヒットとともに、日本で育まれた独特の美学が、海外から熱い視線を注がれている今だからこそ、私は世界に挑戦する。時代劇、現代劇を問わず、日本の究極の美「所作」の伝道者でもある役者の一人として。初履きの白足袋に、そう誓う。

◉こばやし・あきこ
同志社女子大学芸学部音楽学科声楽専攻卒。卒業後、NHK京都放送局アナウンス部へ入局。俳優に転身後、「水戸黄門」でドラマデビュー。大河ドラマや朝ドラをはじめ「大奥」や「アウトレイジ」など時代劇、現代劇問わずドラマ、映画、舞台、ミュージカルに出演。「SHOGUN」ではヒロインの侍女・勢津役として出演し、所作指導としても活躍。