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経済面コラム

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- 2024元日 文化人メッセージ -

柏井 壽

ただ簡素なものに趣きを感じ
時を経たものに美を見いだす

柏井 壽
歯科医/作家

京都にまつわる小説やエッセーを長年書いてきましたが、近年の京都は、大切な感覚を忘れているように感じています。それは「わびさび」です。
わびさびといっても、お茶人さんほどに究めるのではなく、ただ簡素なものに趣きを感じ、時を経たものに美を見いだす。そんなわびさびによって京都という街は価値を高めてきました。
街角にひっそりとたたずむ古寺の、山門から枝を伸ばす紅葉が枯れはじめ、はらはらと散る様子などは、わびさびの典型で、実に京都らしい風情にあふれていました。
しかしながら近年は、そんなわびた風情より、派手な「映え」が優先され、盛りの紅葉をライトアップすることが流行しています。自然が編み出した絶妙な色合いの紅葉に、人工的な彩色の明かりを当て、庭園の白砂にさまざまな紋様を、動く光で描き出す。わびさびとは正反対の光景に、見物客が大きな喝采を送る時代になりました。
手水舎しかりです。お参り前に心身を清めるために設けられた手水舎に、「花手水」と称して色とりどりの花を飾ることが人気を呼んでいます。花が邪魔になって、柄杓で清めの水をすくうこともできないという、本末転倒の現象もあちこちで見かけるようになりました。
ライトアップも花手水も、「映え」を狙って写真を撮る人たちに向けて、編み出された近年の仕掛けだろうと思います。
景観だけではありません。食の世界でも似たような現象が起こっています。伝統の和菓子もお寺や神社と同じように、「映え」を狙った新たな商品を作り、和スイーツと名付けています。串に刺したお団子の上に、細く絞った栗餡を山盛りに掛けモンブランをまねた餅菓子や、抹茶や果物をふんだんに使った派手な甘味が人気を呼んでいます。わびた抹茶を喫する機会は激減しましたが、抹茶を使った和スイーツは京の街にあふれかえっています。きっと利休さんも草葉の陰で、苦笑いなさっていることでしょう。
高価な食材を山盛りにした料理も長くブームが続いています。ローストビーフやお刺身を山盛りにした丼などは、京という土地に似合わないと思うのですが、ここでも「映え」を狙う人たちの格好の標的になっているようです。
写真さえ撮れればいいとばかり、多ければ食べ残す。それが「映え」の成れの果て。持続可能をうたいながら、あるがままの自然より、「映え」をもてはやす社会は今一度、京都ならではのわびさびを見直す時期に来ているように、思えてなりません。

◉かしわい・ひさし
1952年京都市生まれ。歯科医・作家。大阪歯科大卒。京都関連、食関連、旅関連のエッセー、小説を多数執筆。代表作「鴨川食堂」(小学館)は二十数言語に翻訳され、海外でもベストセラーとなる。近作エッセーは「ふらりと歩きゆるりと食べる京都」(光文社文庫)。近作小説は「下鴨料亭味くらべ帖」(PHP文芸文庫)。