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経済面コラム

文化がつくる未来

- 2025元日 文化人メッセージ -

片渕須直

一つの時代、画面に描き出す
驚きに満ちあふれた平安文化

片渕須直
アニメーション映画監督

平安時代中期を舞台に、「つるばみ色のなぎ子たち」というアニメーション映画を作っています。一つの時代を画面に描き出すため、「あれも分からない、これも分からない」と調べたり考えたりを繰り返しています。
この時代、貴族の女性たちは十二単(じゅうにひとえ)といわれる衣服を着ていました。お正月を祝うころには、赤系(「紅」「蘇芳(すおう)」など)と「青」色のものを着重ねていたようです。「青」と呼ばれるのはブルーではなく、グリーンです。幼い頃に祖母が緑のことを「青」と呼んでいたことを思い出します。赤とグリーン。ヨーロッパではクリスマスから新年にかけての冬の日々に彩りをもたらす色合いなのですが、平安時代の日本でも似ていて面白いです。
それはそうと、平安時代にはグリーンである「青」とは別に、「緑」という色もちゃんと存在して区別されていました。「みどり」とは本来、松の新芽のこと。平安時代の「緑」は青みがかったブルーグリーンで、「青」よりいくらか青みのある色。現代の感覚からはなんだか逆さまです。十二単にはそのほかに白、黄、オレンジ、紫などが使われました。
でもブルーが抜けています。十二単の襲(かさね)(着重ね)の中にこの色を取り込んだ例はありません。ブルーは忌避される色だったのでしょうか。
分かってきたことがありました。平安時代末に描かれた「源氏物語絵巻」にはブルーの色調の衣服を着た男女がたくさん描かれています。かつて、東京文化財研究所でこの絵巻のブルーを発色させている顔料を分析して、群青顔料だとしています。わずかに紫がかったブルーです。そして、絵巻の中でこの色が着られていたのは、すべて夏の場面でした。
一方で、「枕草子」の夏の場面にたびたび出てくる「二藍(ふたあい)」という色があります。「二藍」とは「藍」「紅」(くれない=呉藍)という二つの「あい」を重ね染めしたという意味。なので、紫だと思ってしまっていたのですが、この「二藍」こそ、当時の夏服のブルーだったのではないか。
平安期の貴族社会の衣替えでは、「夏」は、4月頭から9月いっぱいまでの半年を指します。春までの色合いとは打って変わって、4月になるとブルー主体の衣服に一斉に変わる。それからの1年の半分をその色で過ごす。真っ青な服を着た清少納言たち。
文字の上では究め尽くされたかのような平安文化ですが、あらためて絵に描いて1本の映画にしようとすると、意外な驚きに満ちあふれています。

◉かたぶち・すなお
1960年大阪府生まれ。日本大芸術学部特任教授・上席研究員。劇場監督作は、「アリーテ姫」(2001年)、「マイマイ新子と千年の魔法」(09年)、「この世界の片隅に」(16年)、「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」(19年)など多数。疫病の中に生きる千年前の人々を描く映画「つるばみ色のなぎ子たち」を現在制作中。

Ⓒつるばみ色のなぎ子たち製作委員会/クロブルエ