賛同企業代表者 文化人 特集・未来へ受け継ぐ
経済面コラム

文化がつくる未来

- 2025元日 文化人メッセージ -

江南亜美子

排除ではなく、連帯の感覚を
京都の街を発信地に

江南亜美子
書評家

2024年秋、韓国の女性作家ハン・ガン氏がノーベル文学賞を受賞したことは、日本でも話題を呼んだ。市井の人々の「痛み」とその歴史的背景を、鮮烈な文学的イメージとともに分厚く描き出す彼女の作品が世界的に評価されたのはとても意義深く、一ファンとしてもうれしいニュースだった。加えて、ガザやウクライナでの戦争終結が見通せず、アメリカで返り咲きのトランプ新大統領が自国優先主義を強化せんとするいま、文学を通じて他者の痛みを想像しなければならないという切実なメッセージとして、心に響いた。
経済的にも外交的にも、世界中で人々の分断は進みつつある。排除と無関心が、ウイルスのように人々に浸透している。そんな時世にあって、他者理解こそ真に大事なのだとどうやって人々に伝えることができるだろうか。
一つの実践的な試みとして、21年に、私は「京都文学レジデンシー」という組織の発足メンバーとなった。この団体は、世界の作家、詩人、日本文学翻訳者をここ京都に招聘(しょうへい)し、長期滞在しながら文学的活動に専念できる環境を提供する運動を行なう。京都大の吉田恭子さんをリーダーに、立命館大、龍谷大、京都芸術大など、主に京都の大学を拠点とする文学者が組織・実働し、自分たちはおよそ手弁当だ。
倍率の高い公募や推薦を突破したゲストたちは、美しい秋の京都を満喫し、世界各地から集結した文学の担い手たちに刺激を受け、さらに一般市民との文化交流を通じて、文学の社会的意義を再確認することになる。
コロナ禍下だった初年度は「TRIVIUM」という雑誌を創刊。22年に第1回京都文学レジデンシーとして、5人の国内外の作家、翻訳者を、23年秋には第2回として、6人を招聘した。そして24年はさらに規模を拡充、10人もの作家、詩人、翻訳者を招いた。アメリカ、リトアニア、イタリア、フィリピン、ベルギー、ニュージーランド、日本…。彼らの本拠地はばらばら、共通語である英語でのやりとりはスムーズなことばかりではない。しかしリアルに他者性を感じる約一月間を過ごした後、彼らはきっと京都の思い出をあちこちで喧伝(けんでん)してくれるだろう。私たちも、彼らとの時間や話を記憶する。
2025年も「京都文学レジデンシー」は実施予定である。交流の規模としてはささやか、文学が世界に直接影響を及ぼす力も、微々たるものかもしれない。しかし私たちはつながっていて、世界各地に暮らす「友人たち」の昼と夜を想像することができる。排除ではなく、連帯の感覚を。京都の街をその発信地としていきたい。

◉えなみ・あみこ
1975年大阪府生まれ。京都芸術大文芸表現学科准教授。大学で創作や文芸批評を教える傍ら、主に日本の純文学と翻訳文芸に関し、新聞、文芸誌などの媒体でレビューや評論を手掛ける。共著に「きっとあなたは、あの本が好き。」(立東舎)、「韓国文学を旅する60章」(明石書店)など。

京都文学レジデンシーの参加者たち (2024年撮影)