賛同企業代表者 文化人 対談シリーズ
経済面コラム

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- 2024元日 文化人メッセージ -

大野俊明

手作業を通して伝え継ぐ姿こそ
あるべき文化の流れ

大野俊明
日本画家

京都・二条城にある二の丸御殿の障壁画模写事業は、1972年に始まり、52年目を迎えた現在も継続している。約400年前の江戸時代初期に活躍した狩野探幽を筆頭とする絵師集団が工房制作した約千面の障壁画を、全て模写してはめ替える計画である。
一般的に模写を行うには二通りの方法がある。一つは原本の破損や欠落部分を含めた全てを写し取る現状模写と、制作当時に描かれた状態に戻して再現する復元模写である。二条城は後者の方法で進められているが、完成すれば御殿内にはめ替えるため、400年の歴史を持つ建物内部と調和を図る必要がある。
そこで、復元した色彩に古色を加味した古色復元模写の方法で進められている。既に予定数の8割程度がはめ替えられ原本は修理を終えて保存されている。しかし、2割程度が未完のため、少なくともあと15年から20年の歳月が必要となるであろう。
このように半世紀に及ぶ模写作業は、開始当時から参加したわれわれから現在の従事者へと世代交代を繰り返しながら、制作の手順や表現技術を受け継いで今日までつながっている。
ところが、その期間に模写作業の継続に危機が訪れたことがあった。それは、近年急速に発展しているデジタルプリントによるレプリカ製作を、模写制作の代替として活用できないかということであった。確かにデジタルを駆使した印刷技術は完成度が高く、模写作業よりはるかに経費と時間を合理化できることは事実である。その技術で進めた方が期間短縮できるのではないかという考え方が大きくなりかけた。
しかし、印刷技術を使うことで逆に貴重なものを失うことになる。特に二条城内にある模写室で進められている復元模写の作業工程は、400年前に狩野派の工房で行われていた障壁画制作の手順を現代に受け継いで作業を進めている。大事なことは、当時の絵師たちが使っていたであろう天然の顔料や道具類を用いて現代のわれわれが当時と同じ技法と工程を再現していることにある。
まさにこのことは、模写を介した日本絵画の伝統と文化の継承にほかならないのではないだろうか。作業を通して筆先から伝わる当時の絵師たちの息遣いを常に感じることで、江戸時代初期に描かれた日本絵画の本質に触れることができる貴重な機会でもある。
その感動を次の世代へ手作業を通して伝え継がれる姿こそ本来あるべき文化の流れであり、これから先も決してなくしてはならない大切なプロジェクトであると信ずる。

◉おおの・としあき
1948年京都市生まれ。成安造形大名誉教授。71年京都市立芸術大日本画科卒業後、72年専攻科進学と同時に二条城二の丸御殿障壁画模写事業に参加し、2021年まで従事。その間、山種美術館賞展優秀賞、タカシマヤ美術賞、京都市芸術新人賞、振興賞、京都美術文化賞などを受賞。09年から18年まで「京都 日本画新展」の推薦委員を務める。

「二条城緑雨」(京の四季より) 1986年