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経済面コラム

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- 2024元日 文化人メッセージ -

井上章一

国際化する街
京都風間接話法の行方

井上章一
建築史家/風俗史研究者

褒め言葉を口にしつつ、相手をけなす。そういう腹背の物言いに長けた人と、京都ではよく出会う。やかましい隣人には、「楽しそうやな」と声を掛ける。時間が守れない同僚を、「ええ時計持ってるみたいやな」とたしなめる。そんな褒め殺しの達人が、京都には大勢いる。
しかし、このごろは外国の人たちも、京都で暮らすようになりだした。彼らに、今述べたような言い回しが通用するかどうかは、疑わしい。
例えば、こんな話を知り合いの外国人に聞かされたことがある。人の集まる会が好きで、よくホームパーティーを開いてきた。近所の女性からは、「いつも、楽しそうですね」と言われるようになる。そのたびに、「ええ、楽しいですよ」と答え、彼女の参加も誘ってきた。だが、しばらくすると、警察から連絡を受けたという。騒音についての通報、苦情が近隣の人から届いている、と。
国際化は、世界の趨勢である。故国を離れて暮らす人は、世界中で増えている。京都も、その例外ではあり得ない。
褒めながら、けなす。あの逆説的な表現はこういうご時勢だから、控えるべきなのかもしれない。日本人にも、あれで不愉快になったという人はいる。日本語を母語としない人には、訳が分からないだろう。京都風の間接話法(?) は、グローバル化の波を受け下火になっていく可能性がある。
と、ここまで書いてきてなんだが、逆の考え方もあり得る。
人を頭ごなしに非難するのは、好きじゃない。自分が相手に抱く反感は、穏やかに伝えたいと考える。婉曲的な言い回し、例えば皮肉で示すことができるのなら、そうしたい。以上のような社交精神の持ち主は、世界中に点在する。
彼らなら、京都で生活を送っても、街になじむのではないか。ここでは、人をあからさまに叱責することが、煙たがられる。持って回った表現を良しとする文化がある。素晴らしい。自分には、うってつけの街だ。これからは、ここで暮らそうと決断する外国人も、いなくはないだろう。
京都の文化は、彼らとともに受け継がれていく。世界の人たちに磨かれた極上のいけずが、街では飛び交う。そんな可能性も夢想する。京都は、どちらの途をたどって国際化を遂げていくのだろう。

◉いのうえ・しょういち
1955年京都市生まれ。国際日本文化研究センター所長。京都大大学院修士課程修了。専門は建築史、意匠論、風俗史。京都大人文科学研究所助手を経て87年、国際日本文化研究センターへ。2020年より現職。「霊柩車の誕生」「つくられた桂離宮神話」「美人論」「京都ぎらい」など著書多数。