思い描く、未来
- 2026元日 文化人メッセージ -

明るいことばは明るくする
植山俊宏
俳人
京都新聞ジュニアタイムズ「たのしくそうさく575」の選者を務めていると、令和の小学生の明るさ、前向きさに圧倒される。だが、昭和までの俳句のイメージは趣が異なる。
学問のさびしさに堪へ炭をつぐ(山口誓子「凍港」初出は1924年)
私が学生生活を送っていた昭和の終わりごろのことである。同級生や後輩にはこの句を愛誦する者が多かった。私は楸邨が好きだった。彼は人間探求派とか難解派と呼ばれていた。
鰯雲人に告ぐべきことならず(加藤楸邨「寒雷」初出は1938年)
私は当時、ことばとは深奥性、深層性、あるときは神秘性があるものに価値があると考えていた。これは私の個癖とはいいがたく、一般的な考え方といってよかった。
俳句の「俳」は俳優に通じる。俳優とは古来「わざおき」と訓み、コメディアンを指した。つまり両者には「こっけい」「明るさ」という共通点があった。昭和の俳句は寂しい。といってしまえるほどの知見はないが、奥行きは感じられても闊達、伸びやかさからはほど遠い。多くの人々は「奥」に指針や善言を求めたのだろう。では、平成に入るとどうだろう。
野菊とは雨にも負けず何もせず(和田悟朗「即興の山」1996年)
探求に背を向けた句である。原作は言わずと知れた「雨ニモマケズ」だが、この句と対比すると、賢治がとても小さな存在に見えてくる。悲壮感すら漂う賢治と楽観を全面肯定する悟朗の対照的な輪郭が浮かんでくる。このことばの持つ力を自らの生き方に生かせるとしたら、どんなに楽しい世界がひらけるだろう。
楸邨の鰯雲の句と対照的な句がある。これも平成の作。
鰯雲マイクで子どもを叱ってる(田彰子「船団第52号」2002年2月)
天上の鰯雲と地上の生々しい人間のありようのコントラストが楽しい。ことばとは深淵、深層に分け入るだけでなく、はつらつとした活力、活動を描くものだと考えてみる。すると、読者は自分の中の気付かなかったエネルギーに気づかされる。追い風が吹き始めるのだ。
「都市の空気は自由にする」という目的語のないふしぎな文を学んだのは高校の世界史の時間だった。18世紀のドイツの社会の変化を表すという教師の補足説明を受け、不得要領ながら理解できた気がした。
この言になぞらえて「明るいことばは明るくする」という謎かけを試みたい。それを私が思い描く未来と考えたい。
◉うえやま・としひろ
1958年大分県生まれ。京都教育大特定教授。広島大大学院教育学研究科修了。歌人、俳人。短歌・俳句指導論ほか、国語教育全般を研究。全国大学国語教育学会理事長。京都新聞ジュニアタイムズ「たのしくそうさく575」選者。たんば青春俳句祭選者。宇治市紫式部文学賞推薦委員・市民賞選考委員。小中高校、特別支援学校への俳句・短歌創作の出前授業多数。


