賛同企業代表者 文化人 対談シリーズ
経済面コラム

日々の暮らしに「善」を追求し、自らの意志で生きる時代へ

- 2024元日 文化人メッセージ -

乾 友紀子

テーマや文化に触れる
積み重なり、磨かれる表現力

乾 友紀子
元アーティスティックスイミング選手

コロナ禍で延期になった東京五輪から3年が経ちました。2024年はパリでオリンピックが開催されます。東京で初登場したサーフィン、スポーツクライミング、スケートボードに加え、パリ大会では新たにブレイキンが追加され、盛り上がりが期待されます。
私は3度のオリンピックを経験し、23年の世界選手権をもって競技を引退しました。26年間の選手生活、最後の2年間はソロ種目に専念しました。ソロはアーティスティックスイミングの中で最も表現力が要求され、25㍍×30㍍の大きなプールの中で、プログラムのテーマが審判に届くようアピールしなければなりません。ジュニア時代はニッコリ笑うことが審判へのアピールでしたが、シニア代表に上がるとそうはいきません。個性の強い各国選手の中で笑顔だけでは存在が埋もれてしまうのです。テーマの深みを表現する「表現力」が大きな課題となりました。
そんな中、井村雅代先生と舞踏家の舘形比呂一さんにご指導いただき、〝あざとい表現力〟を身に付ける練習を重ねました。当初は先生方のおっしゃる言葉の意味が理解できず、悪戦苦闘する日々。〝あざとい〟は日本ならではの独特の言い回しのように感じました。私にとっては普段なじみがなく、イメージしてもなかなかピンと来ません。そこで、実際に自分が表現したいテーマや文化に触れることを勧められ、足を運びました。
井村先生にはさまざまな所に連れて行っていただきました。例えば、22年、23年のフリールーティンのテーマ「八岐大蛇」。共通の認識で演技を作り上げていけるよう、広島に琴庄神楽の大蛇を見に行きました。現地で体感すると一層イメージが深まり、さらにそこに自分の演技を落とし込む中で、新たな表現が生み出されたと思います。
東京五輪のチーム演技では「祭り」がテーマでした。実際にチーム全員と先生方、作曲してくださる方と阿波踊りに参加させていただきました。われを忘れて踊ったあの時間は、自然と自分たちの中に取り込まれ、演技に生かすことができたと思います。
今はインターネットで検索すると何でも出てきて、映像を視聴できるようになりましたが、実際に足を運んで、触れることの大切さを学びました。一つ一つが積み重なり、その中で試行錯誤することによって、自分の表現がより深まったと思います。演技を作り上げていく中で日本人にしか表現できない作品に仕上がり、苦手だった表現力が強みに変わりました。
今年はいよいよオリンピックイヤー。日本チームの演技が楽しみです。

◉いぬい・ゆきこ
1990年近江八幡市生まれ。小学1年で競技を始め、井村雅代コーチの指導の下、日本を代表するアスリートに。2012年ロンドン五輪から3大会連続出場。16年リオ五輪はチーム、デュエットで銅メダル。23年7月の世界水泳選手権(福岡市)でアーティスティックスイミング女子ソロ2種目を制し、日本選手初となる2大会連続2冠を達成。同年10月引退を表明。