日々の暮らしに「善」を追求し、自らの意志で生きる時代へ
- 2024元日 文化人メッセージ -
「息を合わせる」という対話
意志を伝え合い、通じ合う
石上真由子
バイオリニスト
私の演奏活動の一つに「アウトリーチ」というものがあります。一昔前まで、演奏家はホールで演奏してお客さんはそれを聴きにやって来る、という構図が当たり前でしたが、演奏家自ら聴き手のいる場所まで出向いて演奏する、という形も今や珍しくありません。
アウトリーチ先は、保育園や幼稚園、小、中、高校のような教育機関やコンサートに行きたくてもなかなか足を運べない方が多くいらっしゃるような福祉施設など、その環境はさまざまです。いわゆるクラシカルなコンサートでは、演奏者は一言も言葉を発さず、ひたすら音楽に没頭して演奏するだけというスタイルが多いですが、アウトリーチでは、演奏の合間に演奏時間と同程度かそれ以上にお話もします。
4年ほど前に初めてアウトリーチを行った時は、伝えたいメッセージやお話の筋道、演奏曲との関連性など、トーク内容や自分が選ぶ言葉、表現一つ一つに敏感になって、話す内容も事前に用意していましたが、近ごろはだいぶこなれてきて、急に話す予定のなかったことを話したくなったり、予期しなかったボキャブラリーが唐突に降ってきたりすることも多々あります。
つい先日、バイオリンとピアノのデュオで行った小学生に向けてのアウトリーチの中で、ふと自分の口から飛び出した言葉に、はっとしました。
アンサンブルをする上で自分たちがとても大事にしていることの一つ、それは「息を合わせる」こと。音を出す前の呼吸が合えば、自ずと音楽も合う。アンサンブルというフランス語は、「一緒に・同時に」という意味だけではなく、「協力して」とか「協調して」といったニュアンスを含んでいます。ただみんなで同時に音を出すというだけではなく、共演者の音や意見に耳を傾け、相手を尊重しながら一緒にどんな音楽をしたいのか想像し、共に音楽を作っていくところまで含めてアンサンブルと表現しているのです。
「息を合わせる」とは、互いに意志を伝え合い、通じ合おうとすること。ここでの「息」とは単に意思疎通のツールとしての「呼吸」だけではなく、その先にある「考え」や「情感」のことでもあり、それらを共有するための手段は言語、非言語を問わないもの、「息を合わせる」とは大きな意味での「対話」なのです。改めて、すてきな日本語だなあと思ったのでした。
演奏中だけではなくお話をする間も、聴き手と「息を合わせる」ことで、思いがけない引き出しが開き、意識していなかった自分の中のアイデアに出合えた、アウトリーチでの大きな発見でした。
◉いしがみ・まゆこ
1991年京都市生まれ。8歳の時にローマ国際音楽祭に招待される。高校2年で第77回日本音楽コンクール第2位、聴衆賞およびE・ナカミチ賞同時受賞ほかコンクールで優勝・受賞多数。2019年京都市芸術新人賞。国内外のオーケストラとの共演、海外の音楽祭にも多数出演。主宰する「Ensemble Amoibe」シリーズでは京都、大阪、東京など各地で公演も行う。