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忘れものフォーラム

Forum

京都発-文化と暮らしの未来-

京都発-文化と暮らしの未来-

■基調講演
「中景」を再興し、「未来の課題」の解決を
鷲田清一氏(哲学者)

1999(平成11)年、私が携わった2025年ごろの京都の未来像を展望した「京都市基本構想」は、主語が「わたしたち京都市民」で統一されたように、幅広く市民の希望と各界専門家の知見を集めたものでした。市民による行政参加の重要性を説いた点で、行政機関が主導する文書とは一線を画したものだったと言えます。同構想の下、資料として収集された1993年の京都新聞記事は、「京都ブランド」は価値以上の虚像になっていないか、京都人はそこにあぐらをかいているのではないかと疑問を呈する衝撃的な内容でした。経済グローバル化を伴う効率重視の近代化の渦に巻き込まれ、自信が揺らぐ京都市民の姿が垣間見えました。
京都市基本構想は、京都人が千年以上の歴史で培ってきた得意技「めきき、たくみ、きわめ、こころみ、もてなし、しまつ」を再確認して磨き続けることが、華やぎと安らぎに満ちた京都のまちづくりにつながっていくと提言しています。
しかし、2019年に令和と新元号に替わっても、将来の不安から日本全体に漫然と閉塞感が広がる「ふさぎ」の時代が過ぎ去ったとはとうてい考えられません。
それは先が見えづらいからではなく、確実に来る未来の課題は明らかなのに、その解決に手をこまねいて先送りにするばかりだからです。エネルギー資源の枯渇、人口の減少、財政の破綻も視野に入っているのにです。
2011年の東日本大震災は大きな教訓をもたらしました。私たちがコントロールできないのは原発だけではなく、グローバル化に組み込まれた生活全般にまで及びます。機能停止した震災直後の東京の混乱ぶりからも明らかです。
アニメなどで言う「遠景」でも「近景」でもない、日本社会の「中景」の弱体化が顕著と私は考えます。つまり国家レベルから家族レベルまでを見た場合、中間に位置する地域コミュニティー、組合、会社、大学、寺社などが弱体化して、人が生き抜く力が痩せ細っているのです。理由は明白です。教育・医療・介護・冠婚葬祭など身の回りのこと全般を、私たちは料金や税金を払って専門家や行政に全面的に依存するようになってしまったからでしょう。出産間近の妊婦さんや増水した川を目の前にしても、一個人はなすすべもないのが現実です。
心地よい芳香を放つ香木は、病気や傷から身を守ろうと木が一生懸命樹脂を集めて熟成した部分だそうです。みんなが力を合わせ、さまざまな社会の痛みに向き合って解決に導くしんどさを経験してこそ、真に安心した暮らしを送れる社会が戻ってくるのではないでしょうか。
京都は、為政者が次々と代わる歴史を歩んできたことから、王朝文化を育む一方、権力者に頼らず、一人一人が支え支えられる地域文化が色濃く残っている街です。道を挟んだ家同士で一つの町内が成り立っていたり、小さな街にも仕出屋さんやお菓子屋さんがあったりするのも、助け合って暮らしていくための知恵の一つでしょう。また、特筆すべきは大学など教育機関の充実ぶりです。これは、明治維新期、天皇陛下のお住まいが東京へ移り、存亡の危機に立たされた際、市民の寄付を募って小学校を建設するなど教育事業にも力を注いだ結果と言えます。
さらに京都は、各本山が集積する宗教都市でもあります。宗教や芸術など文化には、見えないものを見ようと努力したり、存在しなかったものを生み出したりする力があり、人間活動の視野を広げます。文化的基盤と経済活動が相乗効果を発揮しているのは京都の持ち味の一つでしょう。加えて、茶道や華道など各流派の並立を認める多様性は地域文化の厚みを作り出しています。
現状の課題に正面から向き合い、京都に息づく地力をしっかり見つめ、「中景」を新たに再興することができれば、誰もが誇れる豊かな市民社会が創造できると信じています。


「美術・工芸を暮らしに取り戻す」

■パネルディスカッション

新しいネットワークづくりが大切
鷲田清一氏(哲学者)

共感の場を広げ「心の壁」を乗り越える
堂目卓生氏(大阪大社会ソリューションイニシアティブ長)

ワークとライフを分けない職場環境を
岡村充泰氏(京都市地域企業未来力会議 ウエダ本社代表取締役)

生活スタイルを見直し日本の文化を再発見
村上佳代氏(文化庁 地域文化創生本部 文化財調査官)

「地蔵盆」はコミュニケーションの理想像
松倉早星氏(Nue inc.代表/プランナー)

―現在取り組んでいる仕事と、基調講演に対するコメントをお願いします。
岡村◉私が参画している京都市地域企業未来力会議が発信した「地域企業宣言」の趣旨は、企業規模にとらわれず地域と共に発展する地域企業を目指すもので、まさに鷲田先生が指摘した中景を再興する方向に沿っています。
「働く環境の総合商社」をテーマに掲げる弊社では、制度だけではなく風土がより大切ということで、とりわけ「他者」への配慮に重点を置いています。働きやすい制度やルールの整備だけではなく、働きがいのある企業風土の醸成に力を注ぐことで、保育施設に預けられなかったお子さんとの「子連れ出勤」をしやすい雰囲気をみんなで作り上げています。権利を得た人は、権利のない人へ配慮するよう今後も言っていくことで、「中景」としての企業の役割を果たしていこうと考えています。
村上◉私は国際協力機構(JICA)の文化財保護の専門家として、観光分野での海外支援事業に従事してきました。その後文化庁に移り、観光やまちづくりの面で文化財を活用・促進する仕事に就いています。近年、文化庁は、地域が重視する文化資源を積極的に認定していく施策も推進しています。
中東の非産油国ヨルダンの旧首都サルトのプロジェクトに9年間関わっていたこともあります。歴史が長く街を誇りに思う京都に似た街です。部族や家族への連帯意識が強く、何か問題が発生すると部族単位で解決する慣習に当初は戸惑いましたが、受け入れてもらい家族と同様の接し方になってくると、非常に心地よい助け合い社会であることに気付いたのです。鷲田先生の言われるコミュニティーの大切さを実感する日々でした。
堂目◉日本の人口減少を直視せよと鷲田先生は言われましたが、世界では人口増が確実で、貧困層の増加が予想されています。本来「経済」とは「経世済民」であり、困っている人を救うことを意味します。近代経済学の父アダム・スミスは『国富論』と『道徳感情論』の両書において、財やサービスの「量」だけでなく、「共感」を通じた「喜び」を増やすことを説きました。実際、経済活動に笑顔が伴えば喜びは倍加します。一方、仲間内だけの狭い共感は、異質な文化に対して反感を生みがちです。貿易の意義は、外国製の優れた商品に共感することで違和感を和らげるところにあります。
共感とは元来、相手の苦しみを自分のもののように感じることです。相手の苦しみを和らげることが自身の苦しみを和らげることにもなります。この範囲をどこまで広げられるか。ここにグローバル化時代における「中景」の課題があります。
松倉◉企業や行政機関の課題について対話を重ね、コンセプトや企業理念などを生み出すプランニングがNueの主な仕事です。例えば、若手アーティストの作品を披露する場として開かれた「ARTISTS' FAIR KYOTO」に携わりました。また、京都駅に近い京都市立芸術大移転予定地では、「祟仁新町」という屋台村を展開しています。にぎやかに「食」を共にすることで、立場が異なる相手であっても、共感し合う状況を作り出すことができるのでないかとのシンプルな提案です。
近々、人が多く集まって斬新なものを生み出す「巣」の創造を目指して、二条城近くに、若手クリエイターが集う施設を展開予定です。そこでは「寄り合い」がキーワードの一つとしてあり、鷲田先生のお話を聞き、私はそれこそ「中景」をつくりたかったのではないかと気付かされました。
鷲田◉現代は不安定な非正規の仕事に就かざるを得ないなど、苦しい状況が続いていることは否めません。だからこそ逆に、新しいネットワークづくりが大切になってきています。子どもを寝かしつける、お年寄りの世話をするなど、本来、生活で大切なことはお金をかけずにできることです。職場が遠く、いわば出稼ぎ状態になっているところが問題です。常に子どもと一緒にいられるような、なりわいと住む場所が同じ場所の方がいいわけですね。
村上◉アフリカ在任中、地域でワークショップを開催するときも、みんな子連れでした。すぐ近くで子どもが泣いていたり、砂場でごろごろしていたりしている中でも、子育てと仕事を同時に進めていけるのだと驚きました。現状の日本では、まだ難しいかもしれませんが、昔はごく当たり前の風景だったのだと思います。
現在の日本の子育ての仕方や働き方を含め、私たちの生活スタイルを見直すことで、これまでの日本人が持っていた「季節の移り変わりを感じ取る」ような、暮らしの中で培われてきた文化を再発見できるかもしれません。そうなれば、「観光」を通じて外国人に日本の生活文化を伝える新しい視点も提供できるようになると考えます。
岡村◉現代社会では、ワークとライフを完全に分けてしまっているのが問題だと思っています。本来は、それぞれのバランスで考えていくべきであり、子連れでも、都合に合わせて仕事ができる職場環境、そして、それを受け入れることのできる会社の風土が重要です。ワークとライフを分けないことで、地域との関わりが生まれたり、異なる文化に触れたり、それらと連携することができます。その結果、イノベーションが生まれて、独自色が発揮できるのです。
経営効率一辺倒の大企業の後追いでは、規模や資金力で劣る企業は、痩せ細っていきます。地域企業は経済面のみならず、宗教や芸術など哲学的な面での市民感覚に立脚すべきで、京都はそれに応えるだけの十分な文化的蓄積があります。

―京都の文化活動を支える大学の存在についてどのようにお考えですか。
鷲田◉昨今、下宿が少なくなったとはいえ、歴史、風習、食などあらゆるものを学生は肌で感じ取りながら成長していきます。街に育ててもらっていると言ってもいいでしょう。京都の街の特長は、大学が追究する学術分野だけでなく、芸術、宗教などあまり実利に結び付かない文化の活動と産業や経済とが至近距離でつながっている点にあるのです。それが、各企業が本社を東京へ移転しない理由になっているのではないでしょうか。
市立芸大が移転して市街地へ来れば、学びと実践を通じて地域とのつながりも広がるでしょう。

―かつて京都、東京、愛知、金沢、沖縄の全国5芸術大学長会議の後、鷲田学長が京都市立芸大移転予定地の崇仁地区に各学長を招き、たき火の前で懇親されていた姿が強く印象に残っています。
鷲田◉たき火は食事と同様、コミュニケーションを深めるのにとてもいいのです。
松倉◉祟仁新町には、たき火を囲む場所もあります。不思議なことに、外国人もお年寄りもみんな話が弾むようになります。魔法ですね。
私は北海道出身なので、京都に来て初めて地蔵盆を目にしたときは感動しました。町の人が普通に集まり、みんなでお酒を飲み、食事をする。周りでは子どもたちがはしゃぎながら、勝手に遊び回っている情景は、私には理想像に見えました。普段からお地蔵さんがきちんと手入れされている地域は、お互いのコミュニケーションもきちんとつながっているように思います。
堂目◉私は京都市内で自治会の責任者を務めたことが何度かありますが、最近は高齢化も進み、なかなか担い手が見つからず、伝統的な自治会という「中景」は危機にあると言えます。今後、若い世代も含めて多様な人々に仲間意識を広げていくことが必要だと思います。
鷲田先生が文化を「生きるための知恵」と説かれたように、文化の根底には命があります。文化の違い、つまり「心の壁」を乗り越えるには、命を見つめることで共感の場を広げていかなければなりません。私が在籍している大阪大学では、どのようにして異質な文化の間で「心の壁」を取り払うことができるか、学術的な見地から取り組んでおり、それによって「中景」を広げることができるのではないかと考えています。



■京都・地域企業宣言 (一部抜粋)
京都市地域企業未来力会議

私たちは、規模を基準とする中小企業ではなく、人と自然と地域を大切に、地域に根ざし、地域と繋がり、地域と共に継承・発展する「地域企業」である。その自覚と誇りを胸に、京都から日本、世界、そして未来を見据え活動していくことをここに宣言する。(中略)

わたしたち地域企業は、
一、 自助努力や各企業の連携・融合により社業の持続的発展を追求する。
一、 生活文化の継承、安心安全、地域コミュニティの活性化に貢献する。
一、 働きがいや社会に貢献する喜びを大切にし、若者をはじめ多様な担い手の活躍を支援する。
一、 受け継いできた文化や知恵、技術を学び、新たな価値の創造に挑戦する。
一、 森や水の恵みを活かし、暮らしを支える豊かな自然環境の保全に寄与する。



◎鷲田清一 (わしだ・きよかず)
1949年京都市生まれ。京都市立芸術大学長などを歴任。せんだいメディアテーク館長。専門は哲学、倫理学。

◎堂目卓生 (どうめ・たくお)
1959年岐阜県生まれ。立命館大経済学部助教授などを経て、大阪大総長特命補佐、社会ソリューションイニシアティブ長。専門は経済学史、経済思想。

◎岡村充泰 (おかむら・みつやす)
1963年京都市生まれ。京都市地域企業未来力会議では、「京都・地域企業宣言」策定に尽力。京都経済同友会常任幹事。

◎村上佳代 (むらかみ・かよ)
1982年愛媛県生まれ。文化庁はじめての観光の専門職として、文化財の活用や観光に従事。専門は、文化財を生かした観光まちづくり。

◎松倉早星 (まつくら・すばる)
1983年北海道富良野生まれ。東京・京都の制作プロダクションを経て、2017年7月Nue inc.設立。国内外のデザイン・広告賞受賞多数。