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特集・未来へ受け継ぐ

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未来へ受け継ぐ Things to inherit to the future【2024年第3回】

京都から新しい暮らしを提言し、発信するキャンペーン企画「日本人の忘れもの知恵会議」。2024年度は独自性で知られる京都企業のトップをゲストに迎え、未来を担う若者たちへのメッセージを聞く。3回目は大垣書店(京都市北区)の大垣守弘代表取締役会長が、洛西高(西京区)図書室で、1年生約70人に読書の喜びや本の楽しみ方を語った。コーディネーターは京都新聞総合研究所の栗山圭子が務めた。

対談風景

読書の楽しみを語る大垣守弘会長
(京都市西京区・洛西高)


 

■京都企業トップ 若者へメッセージ

住みたい街へ強い思い 
本、地域の声聞き品ぞろえ
大垣書店グループ 大垣守弘代表取締役会長

 

―毎月、多くの書籍が出版されますが、店頭の本の並べ方はどのくらいの頻度で変えておられますか?
大垣◉例えば文庫本は大手出版社ごとに発売日が決まっており、どの出版社も月1回は新刊を出しています。私が店頭に立っていた時は毎日棚を見て、少しずつ本の並びを変えていました。毎朝、新たに発売された本が届くので、それをうまく配置しなければならず、すごく細かい仕事です。
―近年、書店の数がどんどん減っていますね。
大垣◉かつては全国に約2万5千店の本屋さんがあったのですが、今は約1万店とピークの3分の1近くに減少しています。本を買う人が減っていることに加え、従来、雑誌に掲載されていた記事がネットで読まれるようになったことも要因と考えられます。
世界的に見て、人口1人当たりの書店数が多かったのが日本です。特に高度経済成長期には、多くの人が本を購入して情報や知識を手に入れ、一生懸命勉強したことで、世界有数の経済大国へと躍進していけたのだと思います。
―ネットで本を注文する人も増えています。
大垣◉欲しい本が決まっている人にとっては利用しやすい購入手段だと思います。ただ、本を買う人自体が減っていることが一番の問題です。それに歯止めをかけるため、各書店は知恵を絞っていますし、政府にも手を打ってほしいと働きかけをしています。
これから先の人生をどう進んでいけばいいのか分からないとか、将来こういう仕事をしたいので詳しく知りたいとか、そんな時に本屋に足を運んでもらうと何か新しい発見があるでしょう。若い人たちには人生を切り拓いたり、夢をかなえたりできる本と出会ってほしいと願っています。
―大垣書店の理念は「地域に必要とされる書店であり続ける」ですね。
大垣◉品ぞろえは各店舗に任せています。最新の販売データに基づき、上位千冊くらいの書籍は売れ筋として置いていますが、お客さまから「この本はありますか」と問い合わせのあった本についてはできる限り品ぞろえに加えるよう指示しています。
出店エリアによって求められる本はまったく異なります。地域の皆さんの声を聞いて、常に棚を見直すことはもちろん、時間の経過とともに地域の皆さんも年齢を重ねますし、子どもたちが成長すると家族構成も変化しますので、そういったことにも敏感に反応しながら店舗を運営していかなければならないでしょう。
―カフェを併設したり、雑貨や文具も取り扱ったりと、店舗での楽しみ方を広げておられますね。
大垣◉カフェ併設の1号店は15年ほど前に京都市内でオープンしました。元々は別の書店が撤退し、そこで店をやってほしいという依頼だったのですが、他の書店でうまくいかなかった場所に出店してもたぶん駄目だろうと思っていたところ、たまたまその隣も空いたので、隣をカフェにして二つの店を一体的に経営したのが始まりです。
その半年前、ドイツに視察に出向いた際、たくさんの書店を見て回りました。ドイツでは中世から近世にかけて商工業者がギルドと呼ばれる職業別の組合を組織し、都市の成立や産業の発展に寄与してきた歴史があります。現在も自動車などの製造業が盛んで、技術者や専門職の人が多くいます。こつこつと専門分野の勉強を続ける彼らのニーズに応えるように、ドイツの街には専門書を取りそろえた小さな書店があちこちにあります。
そして、どの店にもカフェスペースが設けられていました。現地で「本好きはコーヒーも好き」という話を聞いてなるほどと思い、本を購入したらその場で読みたいと思うお客さんが多いと前々から感じていたので、その後もカフェ併設の店舗を増やしています。
―本社がある京都市北区ではコミュニティーFM局も運営されていますね。
大垣◉コミュニティーFMは半径10㌔前後のエリアを受信エリアとするラジオ局です。1995年に阪神・淡路大震災が発生した後、被災地ではコミュニティーFM局が立ち上げられ、避難所の開設状況のほか、食料や生活用品の供給情報、風呂・美容室などの情報が連日放送され、住民の大きな力となりました。
2011年の東日本大震災の時も紙媒体や数日で充電が切れるスマホより、簡易ラジオでも聴けるコミュニティーFM局が情報源として重宝されたそうです。
北区は山が近いこともあって災害危険度が高い街です。災害が発生してから行動を起こしていたのでは遅いので、北区の60周年事業としてコミュニティーFM局を2016年に開設しました。区内にある四つの大学の学生を中心に番組づくりや取材に取り組んでもらっています。地域に必要とされる書店であり続けるという企業理念のさらに先には、多くの人が住みたい街にしなければならないという思いが強くあります。
―これまで読んできた本や、高校生に薦めたい本を紹介してください。
大垣◉『二十歳の原点』は、立命館大の学生だった高野悦子さんの日記を本にまとめたもので、私は高校生の時にこの本を読んで立命館大への進学を決めました。高野さんは私よりも10歳ほど年上で、自分の生き方や人間関係などに悩み、最終的には自ら命を絶ちました。私自身、若いころは特にやりたいことや将来の目標もなく、もし自分がいなくなっても社会が大きく変わることはないとずっと思ってきました。大学時代は学校にはあまり行かず、レストランやカフェでアルバイトばかりしていました。
大学を卒業する年に市営地下鉄が開業し、当時祖父母と両親が経営していた北大路烏丸の店で急にお客さんが増えたので、店を手伝うようになり、そこから書店経営という人生が今も続いています。
『生き方』(稲盛和夫著)は社内で必読書としているビジネス書です。自分が置かれている立場や環境、生き方を見直してもらうのに若い人にも役に立つ一冊ではないでしょうか。人間は自分一人で生きているのではなく、多くの人に生かされており、そのことに感謝して、自分が社会や周囲の役に立って、お返しをしなければならないという考え方に触れることができる本です。
―ネパールでの学校建設もご紹介ください。
大垣◉ネパールは世界で最も貧しい国の一つです。私は35歳くらいの時から建設費用を寄付し、現地に学校をつくるプロジェクトに参加しています。
現地の子どもたちと一緒にれんがを積み上げる作業にも取り組みました。朝、ホテルでサンドイッチをつくってもらい、作業の合間に昼食として食べるのですが、ネパールでは朝晩2食しか食事をしません。私たちに付き添ってくれていたガイドからは「昼食は絶対に残さないでください」と強く言われていました。食べ物があると、子どもたちの間でそれを取り合うケンカが起こるからです。
子どもたちとはヒマラヤの山々を見ながら歩くトレッキングにも出かけました。子どもたちは時々、地面を指さして「ここは滑るから注意して」と教えてくれました。もちろん言葉は分からないのですが、彼らの思いやりというか、相手の状況に思いを巡らせ、自分のできることをするという感性が素晴らしいと感じました。


 

対談風景

大垣会長が高校生に推薦した本

■質疑

紙の本を読むと想像広がる

―最近、電子書籍がたくさん出版されていますが、私はもっぱら紙派です。
大垣◉よく「行間を読む」といわれますが、紙の本を読むと想像が広がり、情景や人物の様子が鮮やかに浮かびます。ある脳科学者によると、電子デバイスの画面の文字を読むのは画像を見ているのと同じで、紙の本を読む時とは脳が活発に働く場所が異なるそうです。

―本を読む面白さをどのように感じていますか。
大垣◉私は学生の頃、映画の原作となったハードボイルド小説やSF小説をよく読みました。SF小説は、21世紀になったら月旅行が実現しているとか、空飛ぶ車が発明されているとか、携帯電話が普及しているとか、50年後の未来予測が書かれていたので面白かったです。

―昔の本ならではの良さは何でしょうか。
大垣◉一度読んで面白いと思った本は、読みたい時に読み返せるので、ぜひ手元に置いてほしいと思います。子ども向けの絵本は繰り返し読んでいるとボロボロになりますが、大切に持っていれば、家庭を持って子どもができたときに同じ絵本を読んであげることができます。本は愛情をつなぐ架け橋として、世代を超えて受け継がれていくのではないでしょうか。

対談風景

大垣会長の話に耳を傾ける高校生たち


◎大垣守弘(おおがき・もりひろ)1959年京都市生まれ。立命館大経営学部卒。82年に大垣書店に入社し、2000年に社長就任。21年から現職。グループ全体で全国に50店舗以上を展開。23年11月に「麻布台ヒルズ」(東京都港区)に直営店をオープンし話題を集めた。