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未来へ受け継ぐ Things to inherit to the future【2023年第3回】

京都から新しい暮らしを提言し、発信するキャンペーン企画「日本人の忘れもの知恵会議」。教育者で空間人類学者のウスビ・サコさんをホストに迎えた対談シリーズ第3回は、文化人類学者で福知山公立大教授の渋谷節子さんと府立鳥羽高(京都市南区)で1年生から3年生を前に「異文化理解と文化人類学」について、自らの経験を交えながら、異なる価値を学び、自らの文化を見つめ直す道を語り合った。コーディネーターは、京都新聞総合研究所の内田孝が務めた。

未来へ受け継ぐ Things to inherit to the future【2023年第3回】


■対談
異文化理解と文化人類学

打ち水通した人間関係を研究
ウスビ・サコ氏(教育者、空間人類学者)

互いの文化認め、学ぶ姿勢を
渋谷節子氏(文化人類学者、福知山公立大教授)

 

渋谷◉父親が外交官でしたので、幼少期から海外で長く生活してきました。現地でさまざまな経験ができてありがたいと思う一方で、異文化の中に身を置いて暮らすのはかなり大変でした。また、米国の人種差別や先住民との摩擦、欧州での宗教的な対立など、世界各地で起こっているさまざまな問題に触れる機会も多く、子どものころから異文化理解に興味を持っていました。
一般企業に就職した後、大学に戻り、文化人類学を学びました。日本はアジアの国の一つですが、私は日本以外のアジアの国々についてよく知らないということに思い至り、アジアに関心を向けるようになり、今はベトナムの社会や文化を研究しています。
サコ◉私の専門は建築です。アフリカのマリ出身で、中国の大学を経て、大学院で学ぶために来日しました。私は日本の大学院の先生をマリに招き、講演会を開いたことがあります。環境との調和を目指した建築とは何かをテーマに、省エネや風通しの良い住宅について提案しました。講演会後、マリの人たちには「電気も行き渡っていないのに何が省エネだ」、「風通しと言うけど、おまえは子どものころ窓を閉めたことがあるのか」と厳しく指摘されました。
ここで私は海外で最先端の知識や技術を学び、自分は進んでいると勘違いしていることに気付きました。知識不足で出身地マリのことも見下していました。あらためてマリの人たちの暮らしぶりについて調査をやり直すと、彼らは伝統的な住宅に住み、日ごろから知恵を使い、工夫を重ねて生活していることが分かりました。
それは京都の町家も同じです。私は人の動きを中心に空間を考え、例えば京町家では打ち水という日常行動を通して見えてくる人間関係について研究しています。
渋谷◉海外生活が長いためか、日本にいると私は周囲とちょっとずれているなと感じることがあります。でも周囲から「渋谷さんは半分外国人なんだ」と認識されていると、多少おかしな言動をしても大目に見てもらえる面もあり、自分でもそう認めている部分があります。そういう異なる視点や感情を持っているからこそ、私は日本で異文化理解について、研究や発信ができているのかもしれません。
サコ◉私は人生の半分以上を日本で暮らしています。マリに住んでいたころ、人種や国籍を特に意識したことはありませんでした。しかし、海外で生活するようになり、自分がアフリカやマリ、黒人を代表しているように見られることがあります。
もし私が日本で悪いことをしたら、アフリカ出身者やマリの人たち、黒人はすべて悪い人になってしまいます。私は日本では「外国人」という枠で見られています。でも、その枠を取っ払い、本当の自分と付き合ってほしいと常に希望しており、周囲の人とは一生懸命コミュニケーションを取り、自分のことをできるだけ伝えようと心がけています。
渋谷◉日本と欧米ではコミュニケーションの取り方が大きく違います。欧米では自分がどう思っているかが非常に大事で、自分の思いや意見をはっきりと主張し、お互いの主張を聞いた上で話し合いを進めます。
一方、日本では相手がどう考えているかが重要です。話し合いにおいても、相手に合わせることや傷つけないといった関係性を重んじます。
サコ◉日本でのコミュニケーションの難しいところは、やり方が間違っていても誰も教えてくれないことです。間違いを指摘し、正しいやり方を教えることは、相手を否定したり、非難したりすることにつながるので、悪いことだと考えているからです。私からすると、間違っていると言ってくれればいいのにと思います。
また、本音や感情を表に出さず、ずっと自分の中にため込んでいて、ある日突然、怒りとともに爆発させる人がいます。その場の空気を読んで我慢するのは、本来、人間関係を円滑にするのが目的ですが、日本では空気を読みすぎて自分を不自由にさせている人が多いように感じます。
渋谷◉ベトナムでは自分よりも年齢が上の人であれば名前の前に「お兄さん」「お姉さん」に当たる言葉を付けます。また、相手が自分の親に近い年齢の人であれば「おじさん」「おばさん」と呼びます。日本では初対面の人に年齢を聞くと失礼とされますが、ベトナムではどう呼んでいいか分からないので初めて会った人でも必ず年齢を聞きます。また、結婚して家族を持っているかも尋ねます。
彼らにとって家族は人生の中で最も大事なものの一つです。もっと言うと、祖先から連綿と続く家系の中で今の自分が生きており、そのつながりは未来の子孫へも受け継がれるという長い時間軸で捉えています。よく知らない相手との接し方には、その社会で何が大切か、何に価値を置いているかが反映されていると言えます。
サコ◉インドネシアでは自己紹介の流れで、信仰している宗教を聞かれることがあります。私の大学からインドネシアに学生を派遣したとき、学生がタクシーの運転手に宗教を問われ、「無宗教」と答えたために、どうしてなのか追及されてパニックになったと聞きました。自分にとって当たり前であることや重要だと思っていることも、国や民族が違えば全く捉え方が異なるということです。
渋谷◉世界にはさまざまな宗教があり、それが人々の生活の隅々にまで浸透し、教えや戒律に従って暮らしている人はたくさんいます。異なる宗教の間で対立が生じたり、紛争が起こったりするのは、それだけ人々にとって宗教が重要だからです。単にその宗教を信じているということだけではなく、宗教は多くの人の生きる上での拠り所になっており、人々の考え方や価値観に大きな影響を与えています。
サコ◉私が日本に来て一番驚いたのは、宗教に基づいた行動を生活の中で実践しているということです。食事のときに「いただきます」と手を合わせたり、普段から人に迷惑をかけないように心がけたりするのは、外国人の目から見ればとても宗教的な行為に感じます。
さまざまな意見はあると思いますが、日本古来の宗教が目指している理想と、実際の社会のありようはうまく一致しているように思います。日本では学校教育のほか、大人たちから考え方や行動を学び、自然とそれを身に付けているのでしょう。
渋谷◉文化人類学は、自分たちとは全く異なる社会について、どうすれば理解できるかを長年追求してきました。さらに、ほかの社会や文化を知ることによって、自分をより理解できると考えてきました。要するに自分の視点から見た自分たちだけではなく、外部の異なる視点から自分を見ることができる学問でもあります。
私たちから見たら劣っていたり、遅れていたりするように見える社会であっても、個々の文化は環境に適応して成立したものなので、それぞれに価値があるという考え方を近年の文化人類学では重要視しています。
日本でもこれから多くの外国人を受け入れ、彼らとともに新しい社会を構築していくためには、お互いに文化の価値を認め合い、学び合っていく姿勢が欠かせないでしょう。
サコ◉これから異なる文化に接する機会が増えると、日本人も相手のことを想像するだけではなく、聞かないと分からないことが多くなるでしょう。異文化コミュニケーションにおいてはダイアログ(対話)による相互理解が大事になります。
若い世代の皆さんには実際に海外に行って、現地で直接カルチャーショックを受けてほしいと思いますし、それが難しければ身近な異文化に触れ、そこで自分自身のことや自国の文化についても新たな発見をしてほしいと願っています。


■質疑

―これまで訪れた国で印象に残ったことを教えてください。
渋谷◉米国の大学院に入学した時、学生が教員に向かって、名字ではなく名前で「メアリー」とか「デビッド」と気兼ねなく呼んでいたことにびっくりしました。日本とは人間関係のつくり方や距離感が全く違っており、私はそれになじむのにかなり時間がかかりました。
サコ◉大学院生時代にベトナムを訪れたことがあります。人々が朝から晩まで無駄なくずっと動いていて、一生懸命生きている姿は印象に残っています。こういう人たちがいれば、この先10年間は国として発展し、成功するだろうというダイナミズム(力強さ)を感じました。

―文化と文化が交わる時、どうしても衝突があるのではないかと思います。それを和らげる考え方や方法はなんでしょう。
渋谷◉衝突を恐れないことでしょう。日本人はぶつかることを怖がるので本音を言いません。徹底的に話し合うことも苦手で、話し合いをしていてもどんどん感情的になって、けんかになることもあります。話し合いや議論は相手の人格や考え方を否定する場ではありません。お互いの意見や持論を出して、納得するまで話し合うことが大事です。衝突を乗り越えるからこそ、信頼関係は生まれます。
サコ◉異文化間衝突の解決が難しいのは、単なる言葉のやりとりや翻訳だけでは分かり合えないということです。お互いの文化的文脈が異なるので、文化の成り立ちや意味も理解し、伝えなければなりません。文化的翻訳ができる「文化ファシリテーター」を間に立てるのも解決方法の一つです。最近、「共感」という言葉がよく使われますが、どこか諦めや隔たりがあるように思います。私は「レゾナンス(共振)」という言葉に可能性を感じています。共感を超えて、お互いがそこに存在し、響き合うような人間関係をつくることが私の理想です。

対談風景


◎渋谷節子(しぶや・せつこ)
1966年生まれ。東京大を卒業し、民間企業に勤めた後、米ハーバード大大学院で博士号を取得。星槎大教授などを経て、2018年9月、福知山公立大地域経営学部教授に就任。

◎ウスビ・サコ
1966年アフリカ・マリ共和国生まれ。中国留学を経て京都大工学研究科へ。京都の住まいなど研究。2018年4月~22年3月京都精華大学長。2025年関西万博の開催準備にも関わる。