京都から新しい暮らしと文化を発信するキャンペーン企画「日本人の忘れもの知恵会議」。2023年対談シリーズは、ホストに教育者、空間人類学者ウスビ・サコさんを迎えた。初回は京都聖母学院高(京都市伏見区)で高校生を前に、ワコール女子陸上競技部アドバイザー、福士加代子さんと「これが私の生きる道」をテーマに語り合った。コーディネーターは京都新聞社の内田孝が務めた。
特集・未来へ受け継ぐ
Future series
未来へ受け継ぐ Things to inherit to the future【2023年第1回】
(2023年4月)
■対談
これが私の生きる道
カルチャーショック 体験を
ウスビ・サコ氏(教育者、空間人類学者)
「ダメ出し」素直に受け入れ
福士加代子氏(ワコール女子陸上競技部アドバイザー)
―新学期ですね。おふたりは、どんな高校生活を送りましたか。
福士◉青森県の自宅から、少し離れた県内の工業高校に進みました。環境をがらりと変えたかったからで、クラスに女子は3人ぐらい。友人に誘われ、中学ではソフトボール部でしたが、陸上部へ。先生からは「今やれることをやるように」と助言されました。
大学進学は考えず、関西で就職できれば面白いかな、と勉強より部活動に力を入れました。同級生も先輩も面白い部員ばかりで、厳しい指導やきつい練習もありませんでした。長距離走の部員だけではなく、跳躍や投てきの部員ともやりとりができました。競技会では自分が出場するだけでなく、他の種目に出た仲間を応援しました。陸上といっても競技はいろいろあることを実感し、それぞれにさまざまな魅力のあることが分かってよかったです。
サコ◉アフリカ・マリの首都バマコで生まれました。バマコで小学校に入学し、後に田舎に転校しました。「高校からは都会で学びたい」との希望を実現するため一生懸命勉強し、フランス統治時代に設立された技術者を養成するための難関の特別学校に進み、土木を学びました。日本の高校と違って国語の代わりに、哲学の授業がありました。悩みが多い時期でもあり、「自分って何者」「将来どんな仕事をしようか」などと考えていました。
放課後は、家で仲間と一緒に勉強をしました。得意な科目を教え合い、勉強に疲れたら哲学のディスカッションです。高校時代は、多くの仲間と出会えたことが一番の思い出です。
福士◉私も仲間との思い出があります。「一緒に走り、一緒に過ごすのが楽しい」と毎日部活に参加しました。長距離走に出ると成績は良かったのですが、さほど自信があったわけではなく、「友人が体調を崩していたのだろう」「たまたま調子が良かったのかも」と思っていました。それよりも、好成績を仲間が喜んでくれることがモチベーションでしたね。応援の友人を喜ばせようと思い、レース中は「一瞬だけでも」と先頭に出たりしていました(笑)。昔からサービス精神はありましたね。
サコ◉日本の高校では「目立って仲間はずれにされたくない」との心理が働き、級友からの同調圧力を感じて、自分の意見を言わないこともあるようですね。福士さんはどうでしたか。
福士◉私に「ダメ出し」を平気でして、「自分の意見を言おうよ」と率直に言ってくれる友人と仲が良かったのです。最初はカチンときて不愉快な気持ちにもなりましたが、素直にそれを受け入れ、悪いところは直すようにしていました。
工業高校という全く知らない世界に飛び込んだので、新しい友達をつくろうと積極的に行動し、新しいことや経験のないことも「全部受け入れよう」という気持ちだったこともよかったのでしょう。
サコ◉日本の大学生や高校生は、将来に対するプレッシャーに圧倒され、ずっと受験や進路のことを考えていませんか。将来を考えるのは確かに重要ですが、「目の前の毎日をどう楽しむか」も大切です。若いのだから失敗してもいいし、いつでもやり直せます。
「人生100年時代」と言われる現在、生まれてから高校卒業までの時間は人生の5分の1ほどでしかありません。高校生はまだ人生が始まったばかりです。とこるが、世の中を見ると、誰もが相当に「急いでいる感」を露出しています。まだ高校生なのに、なぜあんなに急ぐんだろう。
福士◉サコさんには高校時代、夢がありましたか。
サコ◉高校時代には、「国外に住みたい」と考えていました。将来への不安や、背伸びして自分をよく見せようとする自分自身から距離を置き、「もっと自分らしくなりたい」と思ったのが理由です。高校卒業後、中国へ留学しました。悩みから解放されると同時に、何でも決められる立場になったことで、「もし失敗したら自分の責任」との重圧も感じました。
当時の中国は決して豊かではなく、魅力もあまり感じなかったので、マリに帰りたいと思いました。辛抱できたのは、中国語という新しい言語にチャレンジするのが楽しかったからです。アジア圏全体に言えることですが、表情からその人がどう思っているかを読み取ることが難しく、慣れるまでは苦労しました。私にとってかなりのカルチャーショックでした。
ただ、いったん立ち止まって自分を見つめ直す絶好の機会です。日本の高校生にも、できればカルチャーショックを受ける体験をしてほしいですね。
福士◉実家が理容室を営んでおり、将来については幼い頃は、家業を継ぐだろうということくらいしか考えていませんでした。
高校時代は「1人暮らし」が夢でした。親からは自立し、自分の稼いだお金で生活してみたいと思っていました。大阪に住んで、関西人のノリのよさを体験したいという思いもありました。
サコ◉高校卒業後、京都の実業団・ワコールに入ったんですね。
福士◉私はたまたま足が速く、指導者との出会いもあって実業団から声を掛けてもらえました。最初は人に与えられたレールに乗っているような気がして本当に陸上が好きなのか、半信半疑だったところがありました。
五輪出場などである程度経験を積み、高校入学後に陸上競技を始めたころを思い出し、「陸上が好き」と原点に戻った気がします。
走ることはできましたが、「考える」「勉強」はあまり得意ではなく、今までは本当に自分ができることをやってきただけです。
サコ◉大事なことですね。学生には「自分の好きなこと、得意なことを指標にして仕事を探そう」といつも呼び掛けています。誰かに勧められて好きではない仕事でストレスをためるよりは「好き」を対象にすると、自分で選んだ道になり、自分自身にも責任が生まれます。
ところで、長距離を走る上では、何が一番大切だと考えていますか。
福士◉「走る」競技は球技のように道具を使わず、自分との「対話」が重要です。現役時代、「今日の調子はどう?」と毎日身体に話しかけ、練習やレースをしていました。この対話で実力が上下したものです。そのリアル感、ライブ感が「走るという競技」の面白いところでしょう。
サコ◉マラソン選手として国を代表する責任を感じ、周囲の期待を背負って走る部分もありますか。
福士◉「みんなのために頑張る」と期待を背負ってみたこともあります。結局は重すぎて、やっぱりレースはできませんでした。
確かに期待を背負っていると頑張れる部分もありますが、私は結果が駄目だったときに「これだけ背負ったから駄目だった」と逃げ道にしていたので、自分のためになっていなかったですね。「もっと向上したい」と考えて、自分の成長を中心に考えて競技に取り組んでいると、プラスアルファで結果がついてくると思っています。
サコ◉もし高校生に戻れるとしたら、何をしたいですか。
福士◉もうちょっと恋愛をしておけばよかったなあ(笑)。今から学び始めて間に合うかわかりませんが、当時に戻れるなら英語の勉強をしたいですね。英語を上達させる秘訣は、外国人と話すことでしょうか。
サコ◉英語で伝えて、相手の言葉もそのまま英語で認識することが大事です。言葉をいちいち日本語に訳していると英語は身に付きません。英語でダイレクトに会話をして、身体で覚えていくのがいいでしょう。
■質疑
―勉強を理由に人との関わりをあきらめてしまうタイプです。新学期、どう自分を変えていけばいいでしょうか。
サコ◉自分の意見はしっかりと相手に伝え、それを受け入れてくれる人が本当の仲間だと思います。行動が違っても、仲間であればお互いに認め合えるはずです。「同調圧力」で、周囲に合わせてしまう社会構造はいまだに残っています。特に日本では大多数が「いい子」のモデルに合わせてしまうので、合わせない子はみんな「悪い子」になってしまいます。「個性的」と見られている生徒でも、実は「個性的」と見られるよう周囲の期待に応じている場合もあるようですね。自分は自分と割り切ってやっていけばいいでしょう。
―深刻に悩む姿を見せず、ちょっとしたきっかけで工業高校を選び、さらに未経験の陸上部に入る福士さんの生き方に驚きました。
福士◉やりたいことや好きなことがなかったんですよ。選択肢が現れた時に、「取りあえずやっておこう」と軽いノリで選択肢を選んでいました。後悔することもありますが、過去をあれこれ考える時間はもったいない。どう楽しく過ごすか、どう前に進むか。これらを常に考えています。
―責任感を重く感じ、何かに挑戦するのをやめてしまうことがあります。
サコ◉なるほど、挑戦を決めたのは何となくかもしれないし、先生に言われたからかもしれない。でも、最終的に選んだのは自分自身です。そこを自覚すれば責任感はわいてくるのではないでしょうか。
―どうすれば周囲の目を気にせず、意見を言ったり、行動したりできるのでしょうか。
サコ◉勝手な想像や思い込みで周囲の目を気にしすぎて、自分を不自由にしている可能性があります。人は、そこまであなたを見ていませんよ(笑)。より積極的に友人と関わることで、もっと自分を開放してほしいと思います。
福士◉私はできないことや苦手なことが多く、恥ずかしく感じていました。でも、「全部ひっくるめての自分」だと納得し、嫌いな自分も受け入れた結果、人と無理やり付き合うこともなくなりました。現在では、自然と波長の合う人が集まってくるようになり、自分らしくいられているように感じます。
◎福士加代子(ふくし・かよこ)
1982年青森県生まれ。アテネ五輪から五輪4大会連続出場。モスクワ陸上世界選手権でマラソン銅メダル。4月に自ら「笑福駅伝」を企画・実施。走る楽しさを伝えている。
◎ウスビ・サコ
1966年アフリカ・マリ共和国生まれ。中国留学を経て京都大工学研究科へ。博士(工学)。2018年4月~2022年3月京都精華大学長。アフリカ系で初の日本の大学学長。