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未来へ受け継ぐ Things to inherit to the future【2022年第3回】

やなぎみわさんがホストを務める「日本人の忘れもの知恵会議」対談シリーズ3回目は、障害者や高齢者が積極的に外出しやすい社会を目指しているミライロ代表取締役社長の垣内俊哉さんを迎え、「4000万人の声に耳傾けて」をテーマに語り合った。コーディネーターは京都新聞総合研究所特別編集委員の内田孝が務めた。

未来へ受け継ぐ Things to inherit to the future【2022年第3回】


■対談
4000万人の声に耳傾けて

芸術、介護への貢献も探る
やなぎみわ氏(美術作家/舞台演出家)

ハートのバリアフリー化を
垣内俊哉氏(ミライロ代表取締役社長)

 

やなぎ◉演劇、舞台活動を続けている立場からは、垣内さんの醸し出す雰囲気が映画の主演俳優のように感じられます。
垣内◉ありがとうございます(笑)。立命館大生だった20歳で起業し、13年が経過しました。祖父、父と同じく遺伝性の骨の病気で、車いすを使った生活をしています。祖父は一歩も外に出ることなく生涯を終えました。祖父や父の社会と接したいとの思いが、私にも伝わってきているのを時折、感じます。創立した会社「ミライロ」は、「バリア(障害)をバリュー(価値)に変える」が基本理念。日本国内で計4千万人となる障害者や高齢者、家族向けサービスを開発してきました。
具体的には、スマートフォン用アプリ「ミライロID」。障害者手帳情報を画面表示でき、割引もその場で簡単に受けられます。技術開発などのサポートで、誰もが買い物や食事、旅行に自由に行ける社会を目指しています。
やなぎ◉髪を染め、ピアスをしている高校時代の写真を拝見しました。
垣内◉進学校でしたから、ちょっと違う雰囲気を出したかったのでしょう(笑)。車いすであちこちに行くと、周囲の人は私をかわいそうな人と認識して助けの手を差し伸べてくれます。もちろん感謝する一方、「自分はかわいそうな人ではない」と訴えたい気持ちが強く、あのような格好をしていたのだと思います。障害を克服しようと決心し、治療とリハビリに取り組むために、高校は1年たたずして退学しました。17、18歳のころは何度も手術を受け、人生において一番苦しかった時期。自ら命を絶とうとしたこともありました。
やなぎ◉孤軍奮闘していたということでしょうか。
垣内◉孤独でしたが、周囲には支えてくれる人もいました。当時の恋人もそうですし、同じ病室に入院していた男性も同志のような存在でした。その方から「登り切った景色は見たのか」「人生はバネに似ている。今は縮んでいる時期なのだろう。それを乗り越えた先に、大きく伸びるタイミングが来るから頑張りなさい」と言葉をかけられました。
やなぎ◉著書『バリアバリュー 障害を価値に変える』(新潮社)でも紹介された逸話ですね。仏様が会いに来られたようで、とても不思議な男性だと感じました。
垣内◉本当にありがたかったです。17歳の若者に対し、いつも丁寧な言葉で向き合ってくれました。大人として扱われたことで、私も閉ざしていた心を開こうと思えるようになりました。進むべき道を示してくれる人と、あの時期に出会えたことは幸運でした。残念ながら、その後は音信不通なのです。
やなぎ◉10代で病気による厳しい日々を過ごした結果、同世代であっても見ている景色に違いが生じたのではないでしょうか。
垣内◉少なくとも「教室の友人と、自分は違う」という感覚は持っていました。彼らと同じように青春を過ごしたいと願ってはいましたが、身体は望み通りになりません。現実を受け入れたのです。ただ、17、18歳のころに「他の人のように過ごせるようになりたい」と努力もしたので、あきらめもつきました。
仏教には「あきらめる」は、断念するだけではなく、明らかにするという意味もある、と聞いています。歩けるようになりたい、という思いをあきらめた段階で、どう生きるべきかの道筋がはっきりしました。自分にとって大きい出来事でした。
やなぎ◉この7年間、両親を介護してきました。父が病気の後遺症で寝たきりになり、最後は「要介護レベル5」。寝返りもできず、病状が悪化する中で、母は認知症になりました。先ごろ、その母も亡くなりました。父は要介護者に対応した病院に入院したので、患者の大半は父と同じく高齢者でした。機能第一の病院だったため、レクリエーションや季節ごとの行事はなし。花を病室に持ち込むこともできませんでした。私は父の病室で一夜を過ごし、翌日に美術館や劇場に向かうこともありました。
終末期の患者が多く過ごす病院と、創造的なアートの世界の間に、大きな断層を感じました。人生の最期にこそ、心を癒やす芸術が求められるはずです。当時の思いは、今なお、心に引っかかっています。芸術家として、また両親を看取った個人として、文化や芸術活動を通し、介護や医療の現場への貢献活動ができないか。そう考え続けています。
垣内◉入院中の私は、周囲の人から多くのことを見聞きし、障害者と社会の関わりや歴史をしっかり学ぼうと意識していました。時宗の開祖・一遍上人(1239~1289年)の生涯を描いた絵巻「一遍上人絵伝」には各地での布教の様子などとともに、障害のある人の姿も数多く描かれています。古くから日本の社会も多様性と向き合い、障害者も力強く生きてきたことが分かります。同時に、今を生きる私も特別ではなく、先人が刻み付けてきた「わだち」の上を歩いているに過ぎないのだ、と強く感じますね。
やなぎ◉芸術を学ぶ学生に「すぐに答えを求めないように」と助言することがあります。身近な人からすぐに回答を得たくなる気持ちも分かりますが、本当に教えてくれるのは歴史上の先人たち。彼らはすでに世を去っているので、簡単には教えてくれません。先人が残した芸術作品などと向き合い、文献資料にも目を通し、先人の思想に肉薄できた時に初めて手掛かりやヒントが与えられ、最後の1ページを見せてくれるのです。
垣内◉徳川幕府9代将軍・家重は生まれながらに障害があり、対話は不自由だったと伝えられています。将軍在位中は、大岡忠光や田沼意次ら優秀な人材を積極的に引き上げ、政務に当たらせました。家重の話す言葉は忠光しか聞き取れなかったとも言われたので、忠光の逝去で家重もすぐに将軍職を長男に譲っています。家重は自分の限界を知って優秀な人材を重用し、引き際もわきまえていたのでしょう。私もできることは限られています。これまで優秀な社員や仲間と共に歩んできましたし、これからも次世代へしっかりバトンを渡せるように、会社組織を充実させていくつもりです。
やなぎ◉スマホ用アプリ「ミライロID」は障害者向けですが、高齢者向けにも同じようなアプリがほしいですね。
垣内◉1950年に「身体障害者福祉法」が施行され、障害者手帳の交付も始まります。今や、障害者手帳は280種類以上に増えました。障害種別や交付自治体によって体裁が異なり、自治体や事業所の受付事務だけでも大きな負担になっていました。状況を改善し、障害者と社会を結び付ける懸け橋に、と考えたことがアプリ開発のきっかけです。現在、3500を超える事業者が「ミライロID」を導入し、割引などのサービスが使えるようになりました。やなぎ◉障害者手帳は海外にもあるのでしょうか。
垣内◉米国の手帳は州ごとに異なり、内容や規格は統一されていません。EU圏内では統一化に向けた動きも見られますが、電子化の実現は「ミライロID」が初めてです。今後は、障害者手帳を相互利用できるように各国間での整備が進んでいくでしょう。
やなぎ◉日本でまずモデルを確立し、海外に広めていく。グローバル戦略も必要ですね。
垣内◉2025年、「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに「大阪・関西万博」が開かれます。これを機に、日本のユニバーサルデザインの商品やサービスを海外の方にも知ってもらいたいと考えています。
実は、旧国鉄時代に点字ブロックを初めて採用した駅も、地下鉄で全国で最初にエレベーターを設置した駅も、大阪です。その後、大阪市内の地下鉄は、駅のエレベーター設置率100%を世界に先駆けて実現しました。先人の姿勢や取り組みを私たちも、大阪に本社を置く会社として引き継ぎたいという思いを持っています。
やなぎ◉駅のエレベーター設置は、ドイツなど欧州で進んでいる印象があります。
垣内◉設置率でいうと、日本が最も高い水準です。ハード面の整備は国として進んでいますが、障害のある人が外出したいと感じ、自発的な行動につながるかどうかは別の問題です。なぜでしょう。障害者を取り巻く問題に対し、多くの人や企業が無関心か、あるいは必要以上に反応している過剰のどちらかだからです。ハードの改善はもちろん、ハートのバリアフリー化も日本社会においては必要ではないでしょうか。
やなぎ◉心のバリアを解消するための手だてはありませんか。
垣内◉障害者や高齢者、外国人など、自分と異なる立場の人の視点に立ち、適切な行動をするための心構えや知識を「ユニバーサルマナー」と言います。当社ではその普及を目的に検定制度を運営しています。14万人が資格を取得し、近年は講座が大学や中学校の授業にも取り入れられています。未来を担う若い世代がユニバーサルマナーを身に付けて社会に出てきてくれることを、大いに期待しています。
やなぎ◉障害者支援だけではなく、教育なども含め、社会にいい影響を広く及ぼす取り組みになりそうですね。

障害者手帳をスマホに取り込んだアプリ「ミライロID」

障害者手帳をスマホに取り込んだアプリ「ミライロID」。
各種サービスが手軽に使える。誰もが外出しやすい社会を目指している


■質疑

立命館大生◉現在3回生。3月に起業しました。育児中の親と専門家をつなぎ、離乳食づくりや食を通した子育てを支援する事業を展開中です。ビジネス内容や自分自身のことを広く周知したい、と考えています。自分を表現する際、大切にしていることを教えてください。
垣内◉人の話を聞き、また逆に自分のことを人に伝える機会を多く持つとともに、書物を読んで語彙を増やしていけば、自然と表現は豊かになっていくでしょう。できないことを気にするよりも、できることを磨いてほしいです。頑張ってください。
やなぎ◉ほかの人の作品を見ないと自分の作品も良くなりません。特に時代や生活環境がまったく違う作者の作品に触れ、それを咀嚼することが自分の技術や哲学の一部になると私は考えています。

立命館大生◉活動の原動力になっているものは何ですか。
垣内◉「人生の長さ」は変えられなくても、「人生の幅」は変えられるといつも自分に言い聞かせています。この先、どのくらい生きられるかは分かりませんが、今後もいろんなことを見たり、聞いたり、学んだりすることで、自分の幹をさらに太くしていくつもりです。
やなぎ◉芸術家にとって手を動かすことは重要です。素材やツール、モチーフは問いませんので、自分の手元で何かを生み出すことは発展につながるでしょう。

立命館大生◉日ごろ仕事をする中で、テンションが上がるのはどういう場面ですか。
垣内◉「ミライロID」の利用者やユニバーサルマナー検定の受講者が「良かった」と評価してくれるとテンションは上がります。自分の人生だけではなく、ほかの人の人生の幅も広げることができれば、それが一番うれしいことです。
やなぎ◉作品を通して自分と他者が一体になれたと感じることがあります。その瞬間、やっていて本当に良かったと思います。

対談風景


◎垣内俊哉(かきうち・としや)
1989年生まれ、2010年、立命館大経営学部在学中に株式会社ミライロ設立。東京パラリンピック組織委アドバイザー。著書に『バリアバリュー』(新潮社)など。

◎やなぎみわ
1967年生まれ。京都市立芸術大で染織専攻。現在は、国内外で舞台公演を手掛ける。近年は踊り念仏で知られる一遍上人と芸能の関わりに着目。イベントなどに取り入れている。