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未来へ受け継ぐ Things to inherit to the future【2020年第2回】

少子高齢化や宗教観の変化などで、地域の寺社の役割が変わってきている。文化人類学者・小川さやかさんがホストを務める「日本人の忘れもの知恵会議」対談2回目は、石山寺の鷲尾龍華さんをオンラインで招き、宗教から文化財保護までを語り合ってもらった。コーディネーターは京都新聞総合研究所所長の内田孝が務めた。

未来へ受け継ぐ Things to inherit to the future【2020年第2回】


■対談

優しい心、怒りの力で救済も
鷲尾龍華氏(石山寺 責任役員)

心の支え、宗教の役割の一つ
小川さやか氏(文化人類学者)

 

鷲尾◉私は石山寺で生まれ育ち、同志社大で西洋美術を専攻しました。一般企業に3年間勤めた後、真言宗の種智院大で仏法を学びました。東日本大震災後、東北大で臨床宗教師の研修を受けて宮城県石巻市に入り、さまざまな宗教者の人たちとともに祈りをささげました。現在は石山寺で、塔頭・法輪院の住職を務めています。

小川◉仏門へ入ろうと決めた時、「人々のストレスや息苦しさに対し、何かできることがあるのでは」と考えられたと伺いました。近年では宗教家たちが災害などの現場で支援や解決に尽力し、地域における新しい役割を模索する活動がよく話題になります。仏教の役割をどのように考えておられますか。他方で、海外では仏教に「癒やし」の作用を見いだす論調もある中、ある種のはやりすたりといった活動への抵抗感はありませんでしたか。
鷲尾◉同じ言葉に対しても人によって良く受け止めたり、逆に悪く取ったりと違いがあるのは、受ける側の要因が大きいのではないか。そんな時、人間の内面を冷静に見つめることが仏教の基本にあると思ったのです。話題のマインドフルネスは「宗教性を排除した瞑想」とされますが、実践内容は仏教の基本的作法そのものです。
被災地を巡りながら一人一人に耳を傾ける臨床宗教師の仕事が腑に落ちました。説法を授けるだけでなく、相手や状況で語り口を自在に選ぶ釈尊(お釈迦様)の「対機説法」という仏教の原点に戻れるように思えたからです。

小川◉まず相手の話を聞く、相手を受け入れることが肝要との考え方は素晴らしい。心の支えになることが宗教の役割の一つですね。
人口減で地方都市では寺の維持も難しく、仏教が地域コミュニティーの軸となりうる接点をいかに見いだすかが重要でしょう。YouTube動画『デジタル縁起絵巻』のように、石山寺はITツールにも積極的ですね。
鷲尾◉新型コロナ禍で閉門したこともあり、ネット画像は好意的に受け入れてくださっているようです。
小川◉仏教の現代的展開に対し、否定的な方も一定数いらっしゃると思います。伝統と新しい試みのはざまで葛藤はありませんか。
鷲尾◉やはりお寺の伝統的作法と、イベントや観光面のバランスが大事でしょう。お堂で手を合わせず桜だけ見て帰る方は、私も少し残念に思います。

小川◉私が長く暮らしたアフリカ・タンザニアでは、キリスト教やイスラム教のほかに地域信仰に基づいた呪術師が今も活躍しています。なぜ私だけが事業に失敗したのか、なぜ最愛の人がマラリアに冒されたか、そんな個人の悩み、恨み、不満を聞いてくれます。
まじないや薬草の処方とともに、先祖代々の墓を掃除していないのではないか、自身に妬みを持つ者に親切にしたらどうだろうなどと解決策を示されるうち、当人たちは不条理なことに対するやりきれない気持ちを整理することもある。私もたびたび訪ねました。宗教者には、どのような役割が期待されていると思いますか。
鷲尾◉生老病死の苦しみは誰にでもある、と釈尊はおっしゃいます。宗教者は絶対にそこから目をそらしてはいけない。やみくもに祈るのではなく、本人が不安や悩みの中でこうしていくのだという「誓い」を立てられるように寄り添うのが役割であると。生きていくための「良い選択」ができるように伝え続けるということです。
例えば、私は寺に隣接するこども園の子どもたちに「人を傷付けない」「物を盗まない」「うそをつかない」の三つを守ってねと語り掛けます。仏教の五戒の一部で、難しい言葉を使わなくともよく覚えてくれます。
不動明王は、優しい心だけでは救えない人を怒りの力で無理やりでも安全な場へ連れていくと言われます。密教たる真言宗には個性豊かな仏様がたくさんおられます。救済の方法が数え切れないほどあると、対機説法のありようを表していると考えます。
5月のお祭りに「青鬼まつり」があります。平安時代の学僧・朗澄律師が経典類の編纂に尽力され、死後も鬼となって寺を守護すると誓われた遺徳を称えるお祭りです。毎年、大きな鬼の像を寺の入り口である東大門の横に造ります。
コロナ禍の今年は無病息災の御利益も受けるためにと、像に手を合わせる方が多くいらっしゃいました。世情に合わせて、宗教者はこういった工夫もしていく必要があると思います。

小川◉祈りや慈悲の心だけでなく、怒りの力で救うこともある、ときには鬼となって守護するという仏教の両義的な側面に目を向けることは、危機の時代に重要な意味を持っている気がします。ところで僧侶としても鷲尾さんは物腰が柔らかくとても話しやすい印象です。次世代の仏教家として女性だからできること、女性だから困ったことについて考えをお聞かせください。
鷲尾◉僧侶はほぼ男性の世界です。先日も100人ほどの研修で女性は3人。女性が極端に少ないと「女性代表」になってしまいます。個人的に話したつもりでも「女性全般の意見」と受け止められる傾向がありますね。
私は僧侶ですが剃髪していないからか、気軽に話し掛けられます。僧侶は威厳があった方がいいと言う人もいますが、お寺や仏教について知識を深めてもらうきっかけとして、女性は適任なのかもしれません。

小川◉威厳ある剃髪僧侶に厳しい言葉をかけてもらうことと、穏やかで身近な雰囲気の僧侶に言葉にしにくい漠然とした感情を受けとめてもらうことは、異なる意味を持つのでしょう。2019年3月からの米国メトロポリタン美術館「源氏物語展」にも尽力されたそうですね。
鷲尾◉石山寺は「源氏」に関わる作品を中心に、多くの寺宝を所蔵しています。メトロポリタン美術館には、重要文化財を含む11点を貸し出しました。ニューヨークの書店で「源氏」と出会ったドナルド・キーンさんがご存命なら、ぜひご覧いただきたかったです。石山寺は西洋美術ともご縁を築きつつあり、2015年には京都の洋画塾・関西美術院の土地建物の寄付を受け、芸術家の育成を支援しています。
毎年、春と秋の「紫式部展」では学芸員さんと企画を練ります。お寺の資料は膨大で、すべてを把握できていません。1971年、先代座主鷲尾隆輝師が「石山寺文化財総合調査団」を発足させて約半世紀。大学や奈良文化財研究所などに参画いただき、年2回の調査があります。
修復必要なものも多く、現在は「聖教」の巻物に取り組んでいます。巻物全体に大きな梵字が書かれており、文字を切り抜こうとしたような跡を僧侶が見た時は、文字の部分が仏像の光背の装飾に使われたことがわかりました。文化財の保存と活用の両立は難しいですね。完全な状態で残すことが最優先で、見てもらうのは次と考えています。

小川◉まさに研究ですね。立命館大アート・リサーチセンターのように、デジタルコンピューティングにより、博物館やお寺を疑似体験する空間を創造するなど、貴重な文化財のアーカイブ事業は、大きく変化しつつあります。今後は宗教者と研究者が連携を強めれば面白くなるかもしれませんね。 鷲尾◉やはり研究者がいないと分からないことがお寺にはたくさんあります。石山寺では聖教類がただの古文書ではなくなったわけですから。

小川◉貴重な文化財のアーカイブ事業は、大きく変化しています。宗教者と研究者が連携を強めて伝統を大事にすると同時に、先端技術ツールも用いれば幅広く活用できるのではないでしょうか。

未来へ受け継ぐ Things to inherit to the future【2020年第2回】


◎小川さやか(おがわ・さやか)
1978年生まれ。立命館大先端総合学術研究科教授。「チョンキンマンションのボスは知っている」(春秋社)で河合隼雄学芸賞、大宅壮一ノンフィクション賞。共著に「思想としての〈新型コロナウイルス禍〉」(河出書房新社)。

◎鷲尾龍華(わしお・りゅうげ)
1987年生まれ。鷲尾遍隆・石山寺第52世座主の長女。東レ勤務などを経て現職。滋賀県立近代美術館での企画展「石山寺縁起絵巻の全貌」、米メトロポリタン美術館「源氏物語展」などの寺からの発信に尽力。