災害被害の目立った2019年。年が明けると、阪神・淡路大震災から四半世紀だ。夏の「復興五輪」が終われば、2021年は東日本大震災から10年となる。災害列島とも言うべき近年、新しいつながり方を模索・実践する菅野拓さんに、堂目卓生さんが話を聞いた。コーディネーターは、京都新聞総合研究所所長の内田孝が務めた。
特集・未来へ受け継ぐ
Future series
未来へ受け継ぐ Things to inherit to the future【第6回】
(2019年12月/京都市中京区の京都新聞社) ◉ 実際の掲載紙面はこちら
■対談
被災者の支援にキーマンを
菅野拓氏(京都経済短大専任講師 人と防災未来センターリサーチフェロー)
「未来準備の20年」と解釈も
堂目卓生氏(大阪大社会ソリューションイニシアティブ長)
堂目◉来年、阪神・淡路大震災から25年を迎えます。
菅野◉発生時は小学6年。神戸には親戚も住んでいました。震災直後、母親に「しっかり見ておくように」と言われて一緒に被災地に行きましたが、自分が防災を研究するとは思いませんでした。
大学院修士課程までは農学、特に公園設計を学びました。公園の多くの野宿者を目の当たりにし、支援に関わるようになりました。2011年、東日本大震災発生時は大学院生。各地でホームレス支援活動をする人たちと連絡を取り合い、8日後には仙台市に入りました。NPO(民間非営利団体)活動に加わり、全国から集まる救援物資を被災者に届ける調整や交渉を担いました。
堂目◉ホームレス支援から防災の研究者に変わったのですね。
菅野◉被災者支援とホームレス支援は、重なる部分が多いと考えています。失業、借金など路上生活へ追い込まれる事情はさまざまですが詳しく聞くと、自分の意思とは関係なく問題に巻き込まれているケースも多くあります。ホームレス支援は、一つ一つの問題解決の積み重ねです。
被災者も家族が分断されることがあります。支援には住宅や医療、就業など幅広い分野に目配りが求められ、縦割りになった仕組みやサービスをつなぎ合わせ、コーディネートしながらサポートする必要があります。
被災地のNPOの事務所には、各地から応援の人たちが数多く駆け付け、行政やメディアの人たちも出入りします。多くの人が入り乱れて情報が錯綜(さくそう)する中で、さまざまな支援活動が行われました。互いに面識もない人たちが、それぞれの役割を果たすことで、プロジェクトが成立して進んでいく様子を見て、最初は不思議に感じました。
この原理やメカニズムを明らかにすることが、今も研究テーマになっています。
堂目◉近刊の著書『つながりを生み出すイノベーション』では、地域性やネットワークに注目し、サードセクターの重要性を強調されています。
菅野◉行政をファーストセクター、民間企業をセカンドセクターと位置づけ、NPOやコミュニティービジネス、協同組合などの非営利で、行政機関に含まれない組織をサードセクターと呼んでいます。活動が一定地域に限定されているため、他地域の同じような組織と競合関係にならずに共存でき、お互いに情報交換やノウハウ共有が進めやすい利点もあります。
人的ネットワークで「顔の見える関係」を構築している点も特徴で、行政がサードセクターとの協働を積極的に進めている地域もあります。
堂目◉2008年にリーマンショックによる金融危機が起こり、10年ごろには高齢者の孤独死が社会問題として広く知られるようになりました。家族や地域のつながりを回復する必要があるとの意識が強まる中、東日本大震災が起こり「絆」を求める声が国全体を覆ったように感じました。
菅野◉「絆」の大合唱には常に違和感を持っていました。被災地に入ったのも助け合いの絆というより「同じ活動をしている仲間がいるから行こう」とか「そういう活動をしている人だから信頼できるので一緒に仕事をしよう」との思いが強くあったからです。
社会運動の歴史を見ると、労働組合のように数の力で自分たちの立場を守り、要求を実現させるのが活動の基本でした。1980年代になると、ネットワークという考え方が浸透し始めます。思いを同じくする人となら知識を簡単かつ低コストで共有でき、共有が進めば進むほどネットワーク自体も強化されます。
人と人とのつながりは、緊急時でも平時でも地域の困りごとを解決する仕組みとして機能し、景気動向などにも左右されず、蓄積される資産だと考えています。
堂目◉前著の中で、被災者支援の現場ではハブ(結節点)になる人が重要だと述べられています。どのような人を指すのでしょうか。
菅野◉人と人をつなぎ、目的に応じて交渉や調整を行い、着地点を見いだしていく存在がいなければ、活動はうまく進みません。
彼らは全国に幅広いネットワークがあり、事業を進めるにはどこに相談すればいいか、政府や自治体ではどんな支援策が検討されているかなどさまざまな情報を持っています。被災者だけでなく、地元自治体や企業も含めてすべての関係者がメリットを享受できるような調整ができる能力も身に付けています。
常に社会問題に関心があり、それの解決に意義を感じているたち人です。
堂目◉歴史を研究してみると、宗教革命や産業革命など世の中が大きく動く時には、後世に名前を残す英雄たちとともに、変革を後押しする無名の人々、変革のはるか前に人知れずチャレンジした多数の先駆者たちがいることが分かります。そうした人々が何をモチベーションにして活動するのか、非常に興味があります。
菅野◉私も含め、彼らは基本的に人が好きです。被災者からのお礼の言葉や笑顔も励みになりますが、支援者を裏方として支え、彼らが元気に動けることが喜びになっています。そんな仕事を希望する若い世代も増えていると感じます。
堂目◉1990年代初めから2010年ごろまでの景気低迷期は「失われた20年」と呼ばれ、確かにこの時期の日本は、それまでと比べて金銭的・物質的な豊かさを増やすチャンスに恵まれなかったかもしれません。
しかし、社会問題を解決すること自体に喜びを感じ、ネットワークを張って新しい仕組みや考え方を伝え合い、地域に根ざした活動をする若い世代の人々が増え始めたことを知ると、「未来を準備した20年」、「忘れものを取りもどした20年」と捉えることもできそうです。
◎菅野拓(すがの・たく)
1982年生まれ。専門は人文地理学。民間シンクタンク、NPOを経て2014年に「人と防災未来センター」(神戸市)へ。東日本大震災や熊本地震での被災者・行政・NPO支援や復興調査を行う。19年から京都経済短大専任講師。
◎堂目卓生(どうめ・たくお)
1959年生まれ。立命館大経済学部助教授などを経て大阪大総長特命補佐、社会ソリューションイニシアティブ長。専門は経済学史、経済思想。「アダム・スミス」(中公新書)でサントリー学芸賞。京都市在住。