新たな暮らしの実践へ
Practice of new life
- 2022元日 文化人メッセージ -
お笑い―庶民文化は暮らしの潤滑油
苗 チェン
言語学者
北京の前門界隈は老舗や劇場が多く集まっていて、いわゆる「老北京」の雰囲気が漂うところだ。ここにある老舎茶館は1980年代にできた観光レジャー施設で、伝統芸能、特に京劇や相声(漫才)など民間のエンターテインメントの舞台として、中国国内外の観光客を魅了してきた。10年ほど前、ある上方落語家とともにここを訪れた。北京語で演じられた相声はさすがに言葉こそ通じなかったが、落語家は間の取り方や観客とのコミュニケーションなど、興味深く見入っていた。
この訪問で、落語家は北京大学で高座を設けて中国人大学生の前でお噺を披露し、地元の小学校で授業参観もした。帰国の前日、夜市の散策に繰り出した。夜市では人々が行き来し、道の両側に露店が並び、湯気が立ち上がる。ぶらぶらしていたら、ヘビの串焼きの看板を見つけ、これを食べてみようと興味津々に頼んでみた。一行は雑踏の中、串焼きの立ち食いをした。本物のヘビなのかと笑いながら話し合いをしたことも印象に残っている。茶館での漫才鑑賞とこの夜市の散策は北京の一番の思い出になったという。日本の祭日の風景が思い出されたそうだ。
相声といえば、前門を拠点にした徳雲社劇場を中心に近年爆発的な人気で、庶民文化の新たな開花を遂げている。お笑いの専門劇場が初めてできて、吉本の劇場のように多くの人々にとってリラックスの場になっている。また、お笑いはテレビの人気番組にもなって、家でも人々の疲れを和ませてくれる。このように、日本と中国には共通したお笑いの文化があり、日常生活でもユーモラスなセンスによって、お互いに温もりや心遣いを感じ合うことができる。情報の過剰化、「粉砕化」が進み、さらにこの2年来、人々の触れ合い方、人同士の距離感にも新しい変化が起こっている。そんな中、お笑いを含む庶民文化は暮らしの潤滑油のような、重要な役割を果たしている。
今や、人々が日々考えていることに注目して、そこから機知に富んだお話を聞かせてくれるお笑いは、大変な時を生き抜くための心の癒やしになり、笑い(ときには涙)を引き出すことによって生きることの大切さ、自分の生きがいをもう一度確認できるものになっている。こんな時代だからこそ、庶民文化の重要性が目立つようになってきたと言えよう。
この間、中国語で演じられる落語を鑑賞する機会があった。それも、日本人の噺家の試みである。前から知っていた噺だが、日本のお笑いを中国語で聴いていると、また格別な面白さがあり、噺家が一生懸命に中国語をしゃべっている一つ一つの表情や発音にも心に温かいものが感じられた。
◉みょう・ちぇん
1969年中国北京生まれ。京都外国語大外国語学部教授。92年北京第二外国語大を卒業後、旅行会社勤務。98年同大修士号取得。助教を務める。2005年日本へ留学。10年京都外国語大大学院文化言語学博士号取得。同年、日本経済大講師。17年より教授。18年現職に。