賛同企業代表者 文化人 対談シリーズ
経済面コラム

新たな暮らしの実践へ

Practice of new life

- 2022元日 文化人メッセージ -

濵口晶子

変わるべきは、一人一人の生き方を
大事にしない社会

濵口晶子
憲法学者

仕事柄、学生や卒業生の相談に乗る機会は多く、家族との関係、勤め先への違和感など悩みはさまざまですが、共通しているのは「あなたはもう十分頑張っている」ということです。子どもの養育の責任を専ら親に帰せる社会、個人を大事にしない企業の体質こそが問題なのに、皆、相手の期待に応えなければ、家族や会社のために自分がなんとかしなければと頑張り過ぎています。もっと自分の身体を大事に、正しいと思うことを貫いてよいと思ってほしい。日頃からそう感じていました。
一方、個人的なことですが、コロナ禍で出産・育児を経験する機会に恵まれました。子どもはかわいく、喜びや幸せもたくさん感じられます。しかし休息し、自分一人でゆっくり過ごす時間はほとんどありません。「子育てとは孤育て」とよく言われるように、夫以外誰とも話さなかったなんて日もざらで、加えてこのコロナ禍、気にかけてくれる遠方の親、きょうだいや友人とも会うことができず、その孤独感は倍に感じられました。
そんな中、夫は仕事をこなしながら全力で家事・育児を担ってくれ、児童館や子育て支援NPO、幼稚園・保育園などの子育て支援事業に助けられ、同じ子を持つ地域の母親たちと子育ての悩みを共有し、なんとか乗り切ってこられましたが、こうした「自助・共助」メインの限界も痛感しました。
ジェンダー平等社会、持続可能な社会とよく言われますが、母親、女性に家事・育児の主たる役割を求める圧力は、政治・社会において依然根強いです。例えば、児童手当の一部世帯への減額・廃止が決まり、京都市では保育料の値上げが検討され、子育ての「公助」は後退するばかり。コロナ禍での失業補償や、ひとり親世帯への支援も十分とはいえず、女性や子どもがさらに追い詰められる一方、男性優位社会を脅かさない女性像を求め、多様性を拒む国や組織トップの姿勢は変わりません。これでは、各国の男女格差を分析したジェンダーギャップ指数(156カ国中120位、2021年)や子どもの幸福度(38カ国中20位、20年)のランクが低いはずです。
コロナ禍で見えてきた課題は、もともと社会が抱えていた課題でもあります。そして今の若者は大人以上に、人間関係や仕事もうまくいかないのは自分の努力が足りないせいだと考えています。しかし変わるべきなのは、一人一人の生き方を大事にしない社会でしょう。本来憲法が想定している、誰もが個人として尊重され、生きていてよいと思える社会でこそ、明日も頑張ろうと思えるはずです。

◉はまぐち・しょうこ
岐阜県生まれ。龍谷大法学部准教授。名古屋大法学部・大学院法学研究科を経て、2011年より現職。専門の憲法学の立場から、女性や子どもなど、社会の周縁に置かれやすい人々の生きづらさについて考える。コロナ禍での出産・育児を経験し、22年2月に育休を終えて復職予定。