新たな暮らしの実践へ
Practice of new life
- 2022元日 文化人メッセージ -
“DIRECT”と“TRUST”
職人や絵描きが住む洛中洛外へ
椿 昇
現代美術家
十数年前になるが、しばしばロンドンに展示などで行く機会があったので、ゼミ生を伴って現地制作を行った。セントマーチンに留学していたUさんと、大学の後輩で現地に移住していたキュレーターと連絡を取り合い、RCA(英国王立芸術学院)とセントマーチンの卒業制作展をリサーチ。エントランスで協賛社のビールを受け取り、飲みながら学内を巡る。アーティストたちも作品の横で猛烈なプレゼンをしてくるし、作品を普通に売っている。ファッションコースは卒展が就活も兼ねていて、その場で優秀な学生には声が掛かるという。ちょうど現・京都芸術大美術工芸学科のヘッドを任されることになったので、躊躇なくロンドンとシステムの互換性を図るべく卒展を学内開催にし、作品の販売とバイリンガルのカタログ制作に踏み切った。当時は学内も手作り感満載で、ウェブサイトも「Word Press」を使って1人で立ち上げたことを思い出す。
日本ではまだまだ美術は美術館で鑑賞するもので、個人の楽しみとして買うという機運にはなかなか至らないのだが、トロントで展示を手伝ってくれた日本人の若いアーティストは、公園で絵を売るだけで奥さんとお子さんを養い、郊外に家を購入していたのだ。
この二つの出来事が僕に猛烈な疑問を抱かせた。なぜ高校の恩師は「絵描きは食えない」と僕に断言したのだろう。なぜ江戸時代のように質の高いアートが日常で消費されないのだろう。なぜ美術館でポスターやポストカードを買うだけの立場に市民が取り残されたのだろう。このミッシングリンク(欠けている要素)を探して得た答えが“DIRECT”と“TRUST”だった。まだ発見されていない潜在的なエンドユーザーの発見と説得。アーティストの卵たちが信頼されるための言語化とプロダクト精度の向上。そして国際的に互換性を持つ透明性の高い価格設定。気が付けば昨年の卒展では1千万円以上の売り上げとなり、そのすべてが頑張った学生たちを勇気づけた。
「このチャレンジを大学の外に出してみないか」と京都府からお声掛けいただいたのが、今春も開催予定の「ARTISTS’FAIR KYOTO」である。地元ということもあるのか…次々と協力の手を差し伸べてくださる行政や企業や友人や教え子のネットワークが素晴らしく機能し、ひょっとしたら絵を描いて暮らせる若者が一定数京都に住めるかもしれないと思えるようになった。地域芸術祭で得た知見は、「コミュニティーなきところに棲家なし!」。さまざまな職種の職人や絵描きが隣近所に住む洛中洛外は夢ではない。
◉つばき・のぼる
1953年京都市生まれ。京都芸術大教授・東京芸術大油画客員教授。京都市立芸術大西洋画専攻科修了。アートの新しい可能性を探る実践も多く、妙心寺退蔵院の襖絵プロジェクトやARTISTS’FAIRKYOTO、瀬戸内国際芸術祭2010〜16小豆島プロジェクトなどのディレクター、3331アーツ千代田評議委員長など活動は多岐にわたる。