新たな暮らしの実践へ
Practice of new life
- 2022元日 文化人メッセージ -
古の伝統から、
未来を生き抜く知恵を見出す
田中恆清
石清水八幡宮 宮司
一昨年から続く新型コロナウイルス感染症のまん延は、日本人の8割近くがワクチン接種を終えたという昨今の世情に鑑みても、いまだ全世界規模では終息の兆しを見せておらず、本年こそは平和な日常を早く取り戻したいと強く願っております。
疫病のまん延により私たち日本人の生活は大きく変化を遂げ、リモートワークや学校のオンライン授業などが推奨され、他人とできるだけ会わないことが良しとされる時代となってしまいました。常に新しいものが求められる時代となり、改革を行わないことは停滞とすら捉えられる時代であります。
そのような社会状況の中、コロナ禍における「新しい生活様式」は既に始められましたが、それが極端に進みますと日本の伝統的な価値観や様式は忌避され、新しい考え方や様式のみが求められる風潮になるのではないかという危惧もあります。
なぜなら私たち神職は常に伝統を重んじ先例を尊びながら、日々の神明奉仕に励み、神事を斎行しているからです。神社では先例にないことを基本的には行いません。
日本の伝統ある世界では、いわゆる「有職故実」にのっとり物事を進めていくのが最も良いとされています。有職とは、「博識」の意味であり、故実とは、「古からの事実」の意味があります。
現代においても神社の祭祀に関わる礼式、作法、祝詞、装束、雅楽、斎食などはすべてこの「有職故実」にのっとって、厳格に伝統が守られているのであります。
古来日本人は、みだりに先例のないことを行うことは不吉の前触れでもあり、毎年先例通り行っていくことが安定と平穏な生活の基本であると考えてきた民族であります。異例は乱の兆しであり、恒例の年中行事を滞りなく行えることが、平和な治世と生活の根本であったのです。
それ故、平安朝の廷臣たちは、この「有職故実」を学び、政治を行ってきました。平安京が多くの戦乱に巻き込まれながらも、千年の都として永く繁栄を続けられてきたのは、まさにこの先例を尊び、伝統ある旧儀を重んじる精神が常に京都の風土にあったからでありましょう。
このような不安定な時代にこそ、古都・京都が果たすべき役割はますます大きくなってきていると感じています。私たちはこの地に根付いてきた歴史と伝統の精神を思い起こし、例え世の中がどう変化しようとも、古の伝統の中から、未来を生き抜くための知恵を見出す時ではないでしょうか。
◉たなか・つねきよ
1944年京都府生まれ。69年國學院大神道学専攻科修了。平安神宮権禰宜、石清水八幡宮権禰宜・禰宜・権宮司を経て、2001年石清水八幡宮宮司に就任。02年京都府神社庁長、04年神社本庁副総長を務め、10年神社本庁総長に就任。