賛同企業代表者 文化人 対談シリーズ
経済面コラム

新たな暮らしの実践へ

Practice of new life

- 2022元日 文化人メッセージ -

大竹英洋

森も海も山も
水の循環でつながっている

大竹英洋
写真家

昨年の秋、初めて美術館で個展をする機会に恵まれた。会場は山形県酒田市の土門拳記念館。撮影20年の集大成となる写真集「ノースウッズ 生命を与える大地」が第40回土門拳賞を受賞したのである。
設営と講演のために現地を訪れ、空いた時間に地元の方に庄内を案内してもらった。展示初日の10月6日はちょうど新月。大潮に乗ってサケの遡上が始まるかもしれないという。そこで翌朝、隣の遊佐町を流れる月光川流域にある「ウライ」と呼ばれる漁の仕掛けを見に行った。鳥海山の湧き水が注ぐ、澄んだ川らしい。
サケの遡上といえば北海道のイメージだったが、庄内でも縄文の昔からサケを獲り、江戸期には産卵環境を整備、明治から人工ふ化も行われていた。支流の一つ、牛渡川の上流は田んぼのすぐ脇を流れる小川だった。そこに体長80センチを超える大きなサケが本当に泳いでいた。まだ数匹だが、その年の第一陣だ。
かつてカナダのブリティッシュコロンビア州で、サケの遡上を取材したときに聞いた話がある。海由来の窒素同位体が、森の大木の幹から見つかったという。つまり、クマやワシなどさまざまな生物が産卵に来たサケを森の奥へ運び、それが養分となっている証らしい。「サケが森を作る」。先住民に伝わる言葉である。
最近、気仙沼でカキ養殖を営む、京都大特任教授でもある畠山重篤さんと知り合った。赤潮に悩まされた30年以上も前から、養殖する湾に注ぐ川の上流に植林をしてきた方だ。腐葉土に含まれるフルボ酸が、生命に不可欠な鉄と結び付き、プランクトンが吸収できる状態のまま海へ運ばれ、カキをはじめ海の生物を育むのだ。前言に倣えば「森がカキを作る」とでも言おうか。
活火山の鳥海山は鉄分も豊富だろう。裾野に森が広がり、湧き水でサケの稚魚が育つ。彼らは日本海からオホーツク、アリューシャン列島、果てはアラスカ沖にまで、4年の旅をして故郷に戻ってくる。私たち人間が新型コロナで水際対策に翻弄されている間も、当の水にすむサケは、悠然と旅を続けていたのである。
森も海も山も水の循環でつながっている。里で暮らす人間は、その恵みによって生かされているに過ぎない。平和で豊かな暮らしより、美しい地球環境より、国家や企業の思惑が優先されていると感じる現代。過密化した都市と移動手段の発達を直撃したコロナ禍は、多くの気付きを与えてくれた。この学びの上に、どのような未来を描くかは、私たち次第だ。

◉おおたけ・ひでひろ
1975年舞鶴市生まれ。一橋大社会学部卒業。北米ノースウッズをフィールドに人と自然のつながりを撮影。2018年、「そして、ぼくは旅に出た。はじまりの森 ノースウッズ」(あすなろ書房)で第7回梅棹忠夫・山と探検文学賞受賞。21年、写真集「ノースウッズ 生命を与える大地」(クレヴィス)で第40回土門拳賞受賞。