京都から新しい暮らしのあり方を発信するキャンペーン 「日本人の忘れもの知恵会議」。 今回は特別編として、 およそ半世紀にわたり教育事業に携わり、 人づくりを探求してきた京進の立木貞昭さんが、 教え子である宗教者の森清顕さんを訪ね、 変化する時代にあって教育に求められることや、 よりよく生きるために実践する暮らし方について語り合った。 コーディネーターは京都新聞総合研究所特別編集委員の内田孝が務めた。
対談シリーズ
Conversation series
日本人の忘れもの知恵会議 特別対談 清水寺・森清顕さん×京進・立木貞昭さん
■特別対談
謙虚な心、礼儀の大切さ 教育を通じ、次世代へ伝えたい
デジタルの時代、五感の重要性増す
森 清顕さん(清水寺 執事補)
日々積み重ね、自らの心に打ち勝つ
立木貞昭さん(京進 代表取締役会長)
―まず、立木さんが学習塾を始められたきっかけや当時の思いを聞かせてください。
立木◉もともと、どんな時代でも、どんな場所でも生きていける強い人間を育てたいという思いがありました。人はややもすると安易なところへ流れがちですが、目標を持って、一生懸命研さんを積めば、自信も身に付き、自分の弱い心にも打ち勝つことができます。学習塾を始めた当時は、目標を持とう、目標に向かって努力をしよう、礼節を忘れないという三つの「教室訓」を掲げていました。
森◉小学生のころ、京都進学教室(現・京進)に通っていました。当時授業が始まるときにしっかり起立、礼をしないと、やり直させられた記憶があります。勉強はもちろんですが、礼儀作法の大切さも折に触れ教えられました。最近は清水寺にも修学旅行生が再び訪れるようになりましたが、靴のそろえ方、あいさつの仕方など、生徒の雰囲気は学校によってずいぶん違います。子どもたちにとって、教育環境は非常に大切です。
立木◉授業の前に、あいさつと礼の動作を丁寧に行うと、心と身体を整えることができ、その後の学習に対する集中力や理解力も増します。現在、日本語学校も運営していますが、海外から来た学生にも、礼儀作法を教えるようにしています。彼らは将来、それぞれの国に帰って活躍が期待されている人たちなので、ぜひ礼儀作法のような日本の美徳を学び、母国に伝えてほしいと考えています。
森◉日本人の精神性には、互いを敬い譲り合う「和敬」の心があると思います。自己主張だけではなく、相手の話も聞き入れお互いで考えることが大切と思います。これは普段、大人が子どもに接するときも同じで、子どもの言い分や考えを大人がしっかり受け止めた上で、アドバイスをしたり、意見を伝えたりすれば、子どもたちも受け入れやすくなるのではないでしょうか。
立木◉互いを尊重し合うことは、国と国の付き合いでもトラブルを避ける方法として応用できるかもしれませんね。
森◉好きな言葉に「智目行足到清涼池」というものがあります。智慧の目で物事の実相を捉え、実践という歩みによって悟りに到るという意味です。目標だけでもなく実践だけでもなく、両方が相まったものでなければ、真っすぐに進むことはできません。このことは、教育だけでなく、生きる上で大きな示唆があると思います。私たちはどうしても、楽なことに流されたり、やみくもな動き方をしてしまったりします。
立木◉当社では「リーチング」という手法を導入しています。独自の手帳で自己管理を行い、毎日やるべきことを決めて、それができたかどうかチェックします。その積み重ねによって自分の成長を実感し、大きな目標達成を目指します。最近アプリも開発しました。私もそれを利用し、1日の反省や日ごろ感じていることを書き込んでいます。私のような年齢でも毎日やるべきことを決め、自分を高めるための努力を続けることができるのです。
森◉当山住職が、師である大西良慶和上が残った墨に水を足し、包装紙の裏に手本を見ながら臨書されていたことをよく話します。良慶和上が100歳を超えても修練されていたように、いくつになっても精進努力を怠ってはならないということです。また「ルーティン」も大切で、毎日同じことを繰り返すことは、ある意味で修行と同じ。繰り返していると、一見同じようですが実は毎回少しずつ違います。料理人の方が、毎朝1杯の水を飲み、味わいの変化で体調を知ることができると話していましたが、私たちも日常のお経の調子や所作のちょっとした変化によって、その日の体調や精神状態を知ることができるのです。
立木◉私は自分なりに23カ条のクレド(信条)を作っており、毎日暗唱しています。私のクレドは「人をほめる。元気づける。」といった普段から大切にしていることや心がけている ことが中心です。繰り返し声に出して言うことで、身体に染みつき、自分のものになるように感じます。
―新型コロナウイルスの影響で、この2年ほどは対面で会う機会が限られていました。対面とオンラインをどう使い分けされていますか。
森◉ある臨床心理士が話していましたが、カウンセリングを従来の対面ではなく、オンラインで行った場合、クライアントが突然画面に現れ、終了後にはスイッチをオフにすれば画面から消えてしまうので、非常にやりづらいそうです。対面でのカウンセリングでは、クライアントの動作やしぐさ、表情など、言葉以外からの情報も感じ、読み取った上で、相談や助言を行っているということを、その臨床心理士はあらためて実感したそうです。
立木◉会社で上司が部下に重要な指示を与えたり、アドバイスを送ったりするときには、直接会って伝えると、意思疎通もスムーズにできます。対話の相手や聞き手の人数が多い場合には、オンラインが効率的で便利です。
森◉教育の現場ではAI(人工知能)が活用され、教材もタブレット端末で見ることができるようになりました。これによって膨大な情報を手早く分析し、簡単に手に入れることができるようになりました。一方で、高校などでは生徒が主体的に課題を設定し、情報収集や整理・分析を通して解決策を見いだす探究型の授業が増えています。社会のデジタル化が進めば進むほど、その対極にある身体や五感を実際に使うことの重要性は高まるでしょう。
―京進ではオンラインを活用し、海外の大学とも交流していますね。
立木◉中国・清華大政治経済学研究センターの顧問を務め、毎年優秀な学生に奨学金を授与しています。授与式のオンラインスピーチで、大国に成長した中国の将来について、「一番大事なのは、尊敬される国になることではないか。他国の声に耳を傾け、相手への配慮があれば」と助言しています。清華大は胡錦涛氏や習近平氏ら、有力政治家も輩出しています。今後、国際社会において中国の果たす役割は多くなると思います。力の政治ではなく尊敬される政治を目指してほしい、と中国の方々へ伝えています。
森◉昨今のコロナ禍も含めロシアのウクライナ侵攻など、大国の横暴が目立っているように思います。あらゆる場面において根本に返って命の尊さについて、皆が今一度、考えるべき時だと思います。大きく変化する社会においても、決して揺るぎない自己を研さんするためには、謙虚な心や日頃の積み重ね、学びが必要であると強く思います。そして、対面、オンライン問わず、異なる国の人々が交流・対話を積み重ね、継続することで相互理解が深まり、互いの文化を尊重することが、ひいては平和維持にもつながるということを、あらためて考える必要があると思います。
◎森 清顕(もり・せいげん)
1976年京都市生まれ。清水寺執事補・泰産寺住職。立正大大学院修了、博士(文学)。京都市社会教育委員会副議長、上智大非常勤講師ほか。自身が立ち上げパーソナリティーも務めるラジオ番組「西国三十三所Trip around33」でJFN賞2019地域賞を受賞。このほか、「暗闇の清水寺 誓願式」や講演、執筆などを通し観音信仰や仏教をより親しみやすく伝える活動をしている。
◎立木貞昭(たちき・さだあき)
1944年京都市生まれ。株式会社京進代表取締役会長。同志社大を卒業後、商社勤務を経て、京都市東山区に学習塾「京都進学教室」を創業。法人化し、社名を現在の株式会社京進とする。日本民間教育大賞民間最高功労賞受賞。京都ロータリークラブ会長など歴任。「立木奨学金」を創設し、アジアの学生支援も行っている。