賛同企業代表者 文化人 対談シリーズ
経済面コラム

次世代へ、美しい日本を

Beautiful Japan. To the next generation

- 2021元日 文化人メッセージ -

ルシール・レイボーズ

次世代にどんな京都を残すのか

ルシール・レイボーズ
写真家

2020年は忘れ難い年になるだろう。新型コロナウイルスは世界中で蔓延し、それまでの生活や経済、交通など、全てのものが止まり、家族や社会が分断されてしまった。
ほぼ同じような状況が10年前、東京に住んでいた時、東日本で起きた。想像もしなかった大変動が、日本に住むこの13年の間に二度も起きたのだ。
当時、津波や原発事故のリアクションとして、私は3歳だった娘のエデンを連れて京都に移住し、痛手を受けた日本の社会に貢献したいとの思いから「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」を仲西祐介とともに立ち上げた。そのKYOTOGRAPHIEも8回目、昨年はコロナで春開催を断念し、秋に延期してなんとか無事に開催することができた。
この度のパンデミック(世界的大流行)は、私にどんなリアクションを強いるのだろうか。
日本と同じように自然を崇拝するアフリカで育った私は、自然を畏れながらも愛で、その声を聞き、何が大切か、何を優先すべきかを考えながら暮らしたいと思っている。
そして、これもまた本来日本人がそうであったように、大きな社会単位ではなく、小さな単位で、自分の身近にあるコミュニティーを大切に、助け合いながら生きていきたい。
東日本大震災の後、日本人が日本人らしさを取り戻していくだろうと信じて見守っていた。個々の意識の変化はあったかもしれない。残念ながら社会が変わるまでには至らなかった。
震災から10年、コロナ禍に直面して1年、日本人はどうあるのだろうか。
さて、京都ではコロナ禍で「オーバーツーリズム」(観光公害)が収まり、観光客のいない神社仏閣には元来の澄んだ空気が流れ、鴨川には例年以上に水鳥たちが集まり、人々の暮らしにもゆったりとした時間が戻りつつある。
この数年、地方創生の名の下に、京都にも例外なく資本の波が打ち寄せ、長い年月をかけて織り上げてきた京都の暮らしの文化がかなり破壊されてしまった。皮肉なことに、このコロナ禍でその開発もトーンダウンしている。
このピンチが産んだチャンスを京都はどう生かすのか。それは同時に「次世代にどんな京都を残すのか」という責任を伴っている。「どんな未来にするか」は京都に住むわれわれ全員に平等に課せられた責任だ。
私はカメラを通して世界の街をたくさん見てきて言えることがある。
京都の街と文化は世界の宝、人類の宝だ。この美しさは一度失ってしまったら二度と戻らない。
「セ・ラ・ヴィ!」(仕方ない)とはいかないのだ。

◉ルシール・レイボーズ
1973年フランス・リヨン生まれ。幼少期を過ごしたアフリカで写真を始める。99年、坂本龍一のオペラ「Life」参加のため初来日。主な個展「Visa pour l’image」(2001)、「Phillips dePury in New York」(07)、CHANEL NEX-USHALL(11)など。平野啓一郎との共著「Impressions du Japon」など出版多数。13年より「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭」を始める。

Batammaba, Bâtisseurs d’univers ©Lucille Reyboz