賛同企業代表者 文化人 対談シリーズ
経済面コラム

次世代へ、美しい日本を

Beautiful Japan. To the next generation

- 2021元日 文化人メッセージ -

森田真生

自分だけでは立てないという
「弱さ」の自覚

森田真生
独立研究者

今、僕には4歳と1歳の息子がいます。これまで僕は、全国各地を飛び回りながら「数学の演奏会」や「大人のための数学講座」など、主に数学をテーマとしたトークライブで、人前に立つことを生きがいとして活動してきましたが、昨年の新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、出張の機会がなくなり、家族と過ごす時間が増えました。おかげで、子どもたちと日常の中で、土に触れることが多くなりました。 一握りの土の中には、何十億もの細菌がすんでいるといいます。細菌やカビ、キノコ、ミミズなど、無数の生き物たちがひしめき合いながら、100年に1㌢ともいわれる緩やかなペースで、土壌が形成されていきます。土の研究者の藤井一至さんは、「土は多くの生き物の合作」であると語ります。土があるおかげで、私たちが食べるものも育つ。しかし、肥沃な土を人工的に作り出す方法は、いまだに誰も知りません。
土や大気、澄んだ飲み水など、私たちの生存は、自力ではいかんともしがたい自然の恵みに依存しています。科学の進歩によって、人間の生存がいかに深く、他の生き物の営みに支えられているかは、日に日に明らかになってきています。これからは人間が、自力を信じて強い存在として立ち上がろうとするよりむしろ、自分が何に依存し、いかに多くの他者の「おかげさま」で生きているかを、深く自覚していくことが重要になっていくのではないでしょうか。「自分だけでは立てない」ことを仮に「弱さ」と呼ぶとすれば、「弱さの自覚」は、他者との紐帯を育むものだからです。
弱さは存在の欠落ではありません。私たちは弱いからこそ、鳥のさえずりに心奪われ、可憐な花の姿に見惚れることができます。自分だけでは立てないからこそ、自分でないものに深く心動かされることができるのです。
法然院の梶田真章住職は、「他者のために他者の安らかなることを悲しみ願う」ことが、「悲願」という言葉の真意だと語ります。僕はこの言葉を初めて聞いたとき、「悲願」という言葉の魂に触れた気がしました。悲しみに打ち勝ち、乗り越えていくよりも、悲しみの中で、他者の安らかなることを願う。人間に対しても、人間でないものに対しても、弱さを互いに許し合える世界でこそ、私たちは真に生きる安らぎを、見つけ出していくことができるのではないでしょうか。

◉もりた・まさお
1985年東京都生まれ。東京大理学部数学科を卒業後、独立。現在は京都に拠点を構え、「いかに生きるか」を主題として、生活に根差した学問の構築を目指し、執筆・思索と、オンラインでの講演活動などを展開している。2015年、初の著書「数学する身体」で小林秀雄賞を受賞。そのほか「アリになった数学者」「数学の贈り物」、編著に岡潔著「数学する人生」などがある。