賛同企業代表者 文化人 対談シリーズ
経済面コラム

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- 2021元日 文化人メッセージ -

真神巍堂

臨書に始まり、臨書に終わる
唯一無二の練習法

真神巍堂
書家

中国東晋の書聖・王羲之は、353年、書道史上屈指の劇跡「蘭亭叙」を残しました。
その真跡は、彼をこよなく愛した唐の太宗が、持ち主からだまし取って、複製や臨本を作らせ、それらを刻石して保存したと伝えられるほど。太宗の死後に随葬され、今日まで、その所在は突き止められていません。真跡の所在も確かでないのに、その価値がこれほど神格化されるのも不思議な話です。
若い方の間でパフォーマンス書道というものが人気を集めています。袴を着け、襷を掛け、鉢巻きをキリリと締め、背丈よりも大きい筆を持ち、バケツに入れた墨をたっぷり含ませ、4、5㍍もある紙面に墨を滴らせながら一気呵成に書いていくものです。その純粋さに心打たれる一方、「書道に携わる者」として、いささか複雑な心境でもあります。聞けば、普段の練習では古典の臨書をされているとのこと、内心、ほっといたしました。
十数年前のこと、「金澤翔子ちゃんというダウン症の女の子が個展をしたんだけど、素晴らしいから、建仁寺でやってみないか」と、お話をいただきました。調べてみるとなるほど、本格的な書を学んだ素晴らしい作品ばかり。知人を頼って、彼女のお母さんに依頼をし、個展が実現しました。大作ばかり20点ほどが大書院に展示され、迫力ある筆致で、中国の六朝風の楷書の作品が所狭しと並んだ様子は壮観でした。
話は移って、江戸の後期、新潟の片田舎で生きた良寛和尚のこと。良寛の書は、細い線でミミズのようだと評されます。しかし、この和尚、随分深く書の勉強をしていて、使い古しの禿筆を、紙面に着くか着かないかのところで実にゆっくりと運び、細くても強靭な筆力で、迷いなく運筆しています。唐代の狂草家・懐素と平安朝の草仮名の代表作「秋萩帖」を学んだと聞きます。おそらく、田舎暮らしでやっと手に入れた古筆を何度も何度も臨書したに違いありません。
書の勉強は「臨書に始まり臨書に終わる」と言われます。臨書は王羲之の時代から今日まで繰り返されてきた唯一無二の練習法。故人の名筆を手本に、その運筆や呼吸、造形や骨格・線質や章法と、書の全てを学びます。それらを自らの栄養とし、やがて、己の個性とが絡み合った自己の書が創造されていくのです。
およそ60年古典探しの旅に明け暮れました。どうやら北宋の米芾が最後の友のようです。書の鑑賞は難しいとよく耳にしますが、この作家の故里はどこだろうと探ってみるのも一興かもしれません。

◉まがみ・ぎどう
1943年京都市生まれ。本名・真神仁宏。建仁寺塔頭正伝永源院住職、京都教育大名誉教授。王羲之を祖とする本流に礎を置き、宋代の気風をたたえた豊かな書により、日本を代表する書家。2017年に改組新第4回日展文部科学大臣賞、18年に恩賜賞・日本芸術院賞、20年、京都府文化賞功労賞を受賞。

「碧潯」(2017年)