賛同企業代表者 文化人 対談シリーズ
経済面コラム

次世代へ、美しい日本を

Beautiful Japan. To the next generation

- 2021元日 文化人メッセージ -

姫野希美

「大きな心」が生み出すものを
見続けたい

姫野希美
編集者

映画館や美術展で見知らぬ人同士がたまたま居合わせ、同じものを見る時間にはかけがえのない輝きがある。それが難しかった昨年、映画「浅田家!」は公開された。小社が刊行した写真集「浅田家」(浅田政志著)と「アルバムのチカラ」(藤本智士・文、浅田政志・写真)を原案とし、京都出身の中野量太監督が手掛けたこの映画は、東日本大震災の忘れ得ぬ記憶に根差しながら、家族の姿と写真の力を生き生きと伝えてくれた。
邦画で初めて、「ワルシャワ国際映画祭」最優秀アジア映画賞を受賞したこの映画に対して「現在の混沌とした時代にこそ必要とされる希望に満ちた、非常に感動的で楽しい作品でした。誰もが大きな心を持ち、純粋な夢を決して諦めない、ユニークなある家族の悲しみと喜びの描写が素晴らしく……」との選評が寄せられ、私はその「大きな心」という一語に強く惹かれた。最も身近なはずの家族の間で「大きな心」をもって互いを思いやり、ユーモアを生み、そこから周りに対しても広がってゆく波動を、「浅田家!」は描き出していた。
そして、その「大きな心」は、写真や写真集が宿すことのできる大切なものかもしれない。態度や方法はさまざまであっても、目の前の現実に反応し向き合うことで写真は成り立つ。それは他の表現とは異なる写真の根っこだろう。たとえ無意識であっても反応してしまうこと、どこを切り取っても整理しきれるはずもない、目の前に渦巻く世界を受け入れること。正しい、正しくない、良い、悪い…そうした判断や尺度を超えて、その時その人が向き合ったものが、一枚の写真として残される。ある意味では、撮る人自身をも超えるようにして、写真の「大きな心」は息づくだろう。
私は、そうした写真を日々編んで写真集を作っている。必ずしも言葉が添えられるわけでもなく、何か明確な答えを持つものでもない。ややもすると見る人は心もとなく、もどかしく思うこともあるだろう。だが、見る人それぞれに記憶や思想を引き出され、自分だけのまなざしで向き合うことができる写真集は、大きな器だと感じている。異国のブックフェアで、互いに言葉もなく一冊の写真集を挟んで向き合っているときなど、ただそっと風が流れていく方向をともに見ているような気持ちになる。撮った人たちも、作った人たちも超えて、本が旅立つ瞬間でもある。変転し続ける世界を前に、「大きな心」が生み出すものを見続けたい。そして、近いはずの人とも、遠くの人ともまなざしを交わせることを願っている。

◉ひめの・きみ
大分県生まれ。早稲田大大学院文学研究科博士課程修了。2006年に赤々舎を設立。写真集、美術書を中心に200冊余りの書籍を刊行。木村伊兵衛写真賞受賞作をはじめ、数々の話題作を手掛ける。18年より大阪芸術大教授。

「浅田家」(2008年)より「消防士」