次世代へ、美しい日本を
Beautiful Japan. To the next generation
- 2021元日 文化人メッセージ -
「目に見えない脅威」に
立ち向かう力
中村真夕
映画監督
私はこの8年間、原発事故で避難指示が出された町で、一人残って動物たちと暮らす男性を追ったドキュメンタリーを作ってきた。
福島県富岡町に暮らす松村直登さんについてのドキュメンタリー映画「ナオトひとりっきり」を劇場公開してから6年。今年、震災10年に合わせて、その続編「ナオト、いまもひとりっきり」を発表する予定だ。
2020年春、私はナオトさんを訪ねた。4月の緊急事態宣言で閑散として陰鬱な東京に比べ、福島は桜が咲き誇り晴れやかだった。しかし一方で、「復興五輪」に合わせて帰還困難区域に開通された真新しい駅舎は、人影もまばらだった。
「何が『復興五輪』だ。原発も収束してないし、ほとんど年寄りしか帰還していないのに。おらたちはPRに使われているだけだ」とナオトさんはつぶやいた。
10年前、原発事故が起こった時、ナオトさんは避難することを拒否して、自宅にとどまった。町にはたくさんの犬や猫、そして家畜たちが残された。ナオトさんは動物たちに餌をやり続けた。彼にとって町の動物たちは、同じ町で暮らす仲間だったからだ。さらに殺処分命令を拒否した畜主から預かった牛たちの世話もし始めた。「なんで人間の勝手で放射能に汚染されたからって、家畜を殺さなきゃなんねえんだ? そんな権利は人間にはない」と、動物たちとともに避難指示区域で暮らすことがナオトさんの「抵抗」となった。
コロナ禍の東京から福島を訪れて、私は気づいたことがあった。「コロナがついているかもしれないから、東京から来ないで」と東京の人間が言われるようになって、「放射能がついているから」と、差別されてきた福島の人たちの気持ちが初めて分かった気がする。コロナ禍を経験してみて、原発事故後の福島を思い起こすことがよくあった。コロナと放射能、全く違うものだが、「見えない脅威」に対する人々のパニックや偏見はとても似ている気がした。
自然に寄り添い暮らし続けるナオトさんの在り方を見て、初めて私は正気を取り戻し、「目に見えない脅威」に対する対応を一歩、引いた目で見ることができるようになった。
原発事故、震災、感染症―明日どんな惨事が起こるか分からない。しかしそんな時でもパニックや偏見に陥らず、平常心を保ち、自然と生きる在り方を目指すことが私にとっての「日本人の忘れもの」なのかと思う。
◉なかむら・まゆ
京都市生まれ。ニューヨーク大大学院映画科を卒業後、2006年、京都を舞台にした映画「ハリヨの夏」(出演:高良健吾、於保佐代子、風吹ジュン、柄本明)で監督デビュー。その後、ドキュメンタリー映画を数多く手掛ける。15年「ナオトひとりっきり」を発表。21年、続編「ナオト、いまもひとりっきり」を劇場公開予定。