賛同企業代表者 文化人 対談シリーズ
経済面コラム

次世代へ、美しい日本を

Beautiful Japan. To the next generation

- 2021元日 文化人メッセージ -

中野信子

「適疎」を楽しみ、「弧の美」を見直す

中野信子
脳科学者

一人でいるとストレスがたまる人と、一人でいられないとストレスがたまる人と、世の中の人は2種類に分けられる。みなさんはどちらのタイプだろうか。日本は黙って空気を読むことを過剰なまでに求められる国であるから、意外に一人でいることでようやくホッとできるという人は多いのではないかと、心ひそかに思っている。
コロナ禍にかこつけて、人と会うことがストレスになるタイプの人は、ここぞとばかりに一人でいる時間を増やしたことと思う。打ち合わせは極力オンラインで済ませ、なるべく人に会わないよう外食も会食を避け、出掛けるにしても一人で行くことが増えたのではないか。誰にも邪魔されずにゆっくり本を読むなど、久々に活字の楽しみを思い出した人も多いだろう。一人でじっくりと思索し、学ぶことのできる時間は幸せだ。日がな一日、自分のために時間を使うということのぜいたくさ。時間をかけてこれまでの知識を再構築し、新しい現象の分析をしていくだけでも、これほど楽しく、満たされることはないのではないかとさえ思われてくる。
一方で、年末年始は何かと、「おひとりさま」で過ごすという選択をネガティブに印象付けるようなメッセージがそこかしこで発される時期でもある。「おひとりさま」で過ごすことを厭うあまり、にわかにカップルになろうとして、さほど好きでもない相手を、恋愛ありきでパートナーにするというやや荒っぽいことをする人もこれまでにはいただろう。しかし、もうこれからは「おひとりさま」という生き方が最も優雅で賢い、新しい生活様式の一翼を担うモデルになるかもしれないのである。
「過疎」に対して「適疎」という言葉がある。過疎でも密でもない、「適疎」である。私たちは従前あまりにも、密であることを求めてきた、その現代文明のツケが、感染症という形で今回ってきているのかもしれない。距離も連絡も適度に取り合う「適疎」の生き方が、今求められているものではないか。 本来の日本人は、過疎でも密でもない、「適疎」の暮らしをしていた。私たちの美意識には「孤高の美」がある。日本の誇る霊峰・富士がその象徴ともされる。私たちは集団の同調圧力を受けやすいようでいながら、「孤の美」を尊ぶ感性も持ち合わせている。空気を読むことを求められ、同調圧力を強く受ける日々を送らざるを得ない環境にいる私たちだからこそ、「適疎」の楽しみ、「孤の美」を再び見直してみてはいかがだろうか。

◉なかの・のぶこ
東京都生まれ。2008年東京大大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。東日本国際大特任教授、京都芸術大客員教授。医学博士。脳や心理学をテーマに研究や執筆の活動を精力的に行う。科学の視点から人間社会で起こり得る現象および人物を読み解く語り口に定評がある。