賛同企業代表者 文化人 対談シリーズ
経済面コラム

次世代へ、美しい日本を

Beautiful Japan. To the next generation

- 2021元日 文化人メッセージ -

仲田順和

「あはれしる心」

仲田順和
総本山醍醐寺座主

京都―この古い都は今、建都1227年の新春を迎えました。長い歴史・時の流れは、私たちに多くの夢とときめきをもたらします。水の都とも呼ばれるように清らかな澄んだ川が流れ、その源には都を囲む山々があり、折々の語らいと祈りを秘めています。神々が集い、諸仏諸菩薩が雲集し、人々の生活を通して芸術が生まれ、文字が育まれてきた大きな舞台でもあります。
建都より200年余りが経過したころ、この都を舞台に紫式部は「源氏物語」を創作しました。「源氏」とは「みなもと」であり、「源氏物語」の底を流れる精神は、私たち日本人の心のふるさとです。この物語の心は、今日を生きる私に、未来へ向かう姿勢を示唆し、鼓舞するものでもあります。誰もが世の乱れを思い、汚れを感ずるとき、この物語が描く神秘の都「平安京」がいかに清々しさと、安らぎを与え続けてきたかを思わずにはいられません。
古代から語り継がれてきた物語の心を、光源氏の一生が語りかけます。常に「あはれしる心」を抱いている源氏人たち、「心やわらか」な気持ちで、自分を素直に変えることのできる女性たち、「いろごのみ」の神髄でもある相手の個性を尊ぶことの上手な光源氏のような男性たち、登場する一人一人が「人間はなぜ生きているのか?」「この世をどのように生きればよいか?」などの課題に見事に答え、伝えています。 「源氏物語」に含まれている仏教用語は、インド撰述・中国撰述・日本撰述の三部門にわたるものと思われ、その中に弘法大師の「十住心論」を出典とする密教故事も含まれています。仏教は遠く伝来のとき、日本語に訳されることなく伝わりました。その漢訳経典が、平安の都を舞台に、紫式部の手によって日本語として、しかも「源氏物語」の中に描き出されたのです。
「源氏物語」が語りかける11世紀の日本人の心、また精神的なテーマは、その時の人々になりきらなければ理解し得ないかも知れません。華麗・優雅な都人の生活、華やかな恋愛、その底に流れる清々しい美を求める思い、朝な夕なに死に直面し厳しくも、めぐり来る大きなドラマ。現代にすっかり失われてしまっているこれらの思いが、この物語に秘められています。
「あはれしる心」とは、その人の身になって思い、見ることでしょう。そして、その生き方に美を求め、月や雲、雪や花に自然を思いながら、時の経過はさまざまな道を導き、歴史として大きな広がりとなりましょう。
今、世界の人々はこの地にいにしえの神秘の心を求めて、そして、その舞台に触れたいと京都を訪れます。舞台とは、人の生活の向こうにある心を生かすところです。

◉なかだ・じゅんな
1934年東京都生まれ。大正大大学院にて仏教原典を中心に研究を進める。57年、品川寺に入山、出家。68年、品川寺住職となり、85年、総本山醍醐寺執行長を経て、2010年、総本山醍醐寺座主に就任。16年、真言宗長者を務める。洛和会ヘルスケアシステム評議員、学校法人森村学園評議員議長、日本女子大講師。